
| 「もうこのあたりが限界だろう」と感じていても自動車に関する技術は進化を続ける |
かつては「快適性と引き換えに効率性や俊敏性を差し出した」トルコン式ATがまさかの進化を遂げる
近年の車の多くに搭載されている「AT(オートマチック・トランスミッション)」につき、主流となっているのは大きく分けて「DCT」と「トルコンAT」の2種類かと思います(CVTなどほかのトランスミッション形式も存在するが、主流としてはこの2種と考えていい)。
ただ、その仕組みと運転感覚は全く異なるもので、特にピュアスポーツカーや高性能モデルに採用されるDCTは”0.1秒以下の変速速度”を実現し、そのクルマの「速さ」と「燃費」を劇的に左右する心臓部。
ここでは、この二つのトランスミッションの根本的な違いについて深堀りしてみたいと思います。
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DCTとトルコンATの基本構造を徹底比較
DCT(Dual Clutch Transmission:デュアル・クラッチ・トランスミッション)と、一般的なトルコンAT(トルクコンバーター式オートマチック・トランスミッション)は、どちらも自動でギアチェンジを行うものの、その構造と動作原理が根本的に異なります。
1. DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)の仕組み
DCTは、マニュアル車と同じクラッチとギアを使用しますが、クラッチが2系統(2軸)存在します。
- 構造: 奇数段(1速、3速など)と偶数段(2速、4速など)のギアセットをそれぞれ独立したクラッチ(デュアルクラッチ)で制御します。
- 動作原理(変速スピードの秘密):
- 現在2速で走行しているとします。このとき、奇数段側のクラッチは既に3速にスタンバイ。
- 変速の指令が出ると、2速側のクラッチを切りながら、同時に3速側のクラッチを繋ぎます。
- これにより、変速が瞬時(0.1秒以下)に完了し、駆動力が途切れにくい「シームレスな加速」を実現します。
- メリット: 変速速度が圧倒的に速い、MTベースのため伝達効率が高く燃費が良い。
- デメリット: 構造が複雑で高コスト。低速時や渋滞時のクリープ現象(微速前進)が苦手で、ギクシャクしやすいことがある。
- 向いているクルマ:快適性よりも変速スピードを求めるピュアスポーツ、効率性(ロスの小ささ)を求める燃費重視のクルマ。
このDCTは「(出力が2軸あることを別にすれば)マニュアル・トランスミッションのクラッチ操作を自動化した」とも言えるもので、主にフォルクスワーゲングループが好んで採用しており、たとえばフォルクスワーゲンブランドだとほぼ全車、アウディやポルシェでも「ほとんどのモデル」に採用されるトランスミッション。
ただし同グループであっても例外があり、ポルシェだとカイエン、ランボルギーニだとウルス、ベントレーだとベンテイガ、アウディだとQ8などの大きく重くハイパワーなクルマ、そしてRS4 / RS5 / RS6 / RS7、A7などではトルコン式ATを採用しています。
2. トルコンAT(トルクコンバーター式)の仕組み
トルコンATは、最も一般的で歴史の長いATです。
- 構造: エンジンとトランスミッションの間に「トルクコンバーター(トルコン)」という流体継手を介しており、ギアの切り替えには複数のクラッチやブレーキを持つ遊星歯車を使用します。
- 動作原理(滑らかさの秘密):
- トルコン内のオイル(フルード)を介して動力を伝えるため、クラッチが存在しない。
- 発進時や変速時もフルードがスリップしながら動力を伝達するため、ショックが極めて少なく滑らか。
- 最近は多段化(8速、10速ATなど)が進み、DCTに匹敵する変速速度と燃費性能を獲得しつつある。
- メリット: 変速が非常に滑らかで快適、耐久性が高い、大きなトルクに耐えることができる、きめ細かな制御ができるために低速走行時の扱いやすさが抜群(高級車に向いている)。
- デメリット: 構造上、動力伝達時にフルードの抵抗でロスが発生しやすく(滑り)、燃費効率や加速反応でDCTに一歩譲ることがあった(近年は改善)。
- 向いているクルマ:大きく重くトランスミッションに負荷がかかりやすいクルマ、強大なトルクを持つクルマ、乗り心地を重視するクルマ。
一昔前には「滑る」「ロスがある」ということでスポーツカーには不向きとされたトルコン式ATですが、ZFが開発した「8HP」に登場によってそれまでの「常識」が大きく覆され、トルコン式ATの扱いやすさはそのままに大きく効率性と変速スピードを向上させたのがこの8HP。
実際のところこの8HPは「軽量、コストが安い、耐久性が高い」というメリットに加え、DCTに近い効率性と応答性を持ち、なおかつ多くのDCTにはできない「1段飛ばしてのシフトダウン」ができるという「DCT以上の可能性を持つ夢のトランスミッション」。
そのためBMWはMモデルについてもこの8HPへと(従来のDCTから)置き換えを行っており、マセラティも新型グラントゥーリズモ / グランカブリオでこのトランスミッションを採用していますね。
「速さ」と「快適性」で選ぶ!性能とオーナー視点の比較
| 項目 | DCT (デュアル・クラッチ) | トルコンAT (トルクコンバーター式) |
| 構造基盤 | MT(マニュアル・トランスミッション) | 遊星歯車 + 流体継手 |
| 動力伝達 | 乾式/湿式クラッチで直結 | トルクコンバーター内のオイル (フルード) |
| 変速速度 | 非常に速い(0.1秒以下) | 速い(多段化によりDCTに迫る) |
| フィーリング | ダイレクト、MTに近い、変速時のショックが伝わりやすい | 滑らか、途切れずシームレス、ショックが非常に少ない |
| 燃費効率 | 優れている (伝達ロスが少ないため) | DCTに一歩譲るが、多段化で向上 |
| 低速走行/渋滞 | 苦手 (ギクシャクしやすい) | 非常に得意 (滑らかで楽) |
| 採用車種 | フォルクスワーゲン(DSG)、ポルシェ(PDK)、アウディ、高性能モデル全般 | 日本車、高級車、多くの一般車、近年の多段AT全般 |
どういったオーナーに向いているのか?
- 【DCTに向くオーナー】
- 「マニュアル車のようなダイレクト感が好き。パドルシフトで操作すると、一瞬でギアが切り替わり、脳汁が出るような加速が味わえる。」
- 「低速時のギクシャクは慣れが必要だけど、ワインディングや高速道路での気持ちよさは格別。」
- おすすめの共感層: 走りの質を重視し、スポーティな運転を愛する人(あるいはトルコン式ATのロスが許せず燃費を重視する人)。
- 【トルコンATに向くオーナー】
- 「朝の通勤渋滞でも、驚くほど滑らかで疲れない。発進時や駐車時の微速前進(クリープ)が自然で、ストレスフリー。」
- 「昔のATのイメージとは違い、最近の8速や10速ATは変速も速いし、燃費も十分良い。総合的な快適性では最高。」
- おすすめの共感層: 日常的な快適性、スムーズさ、耐久性を最優先する人。
結論:今、トルコンATがDCTに迫る理由と、今後の選択肢
かつては「速い車=DCT」「快適な車=トルコンAT」という明確な棲み分けがありましたが(その前はスポーツカー=MTであり、DCTであろうがトルコンATだろうがATはスポーツカーには許されなかった)、近年その境界は”非常に”曖昧になっています。※さらには制御ロジックによって「トルコンATっぽいDCT」「DCTっぽいトルコンAT」も存在する
- トルコンATの進化: 多段化(8速/10速)と電子制御の進化により、トルコンATもDCTに迫る変速速度と燃費効率を実現し、DCTの弱点である「快適性」において圧倒的な優位を保っている
- DCTの課題: 依然として効率や変速スピードでは優位性があるものの、低速時のギクシャク感や、大トルクに対する耐久性(特に乾式)の課題が残る
現代のトランスミッション選びは、「究極の変速速度とダイレクト感(DCT)」を取るか、それとも「圧倒的な快適性と扱いやすさ(トルコンAT)」を取るかという選択になりそうですが、残念なのは「一つのモデルで複数のトランスミッション」を選べる例が非常に少ないということ(さらにDCTかトルコンATかを選べる例は現在では存在しないと認識)、そしてそのメーカーによって「DCT派」なのか「トルコン式AT派」なのかが分かれているということ。
よってぼくらは「トランスミッションまで含めて」そのクルマを選ぶ必要が出てくるということになりそうで、しかし「DCT」「トルコン式AT」は想像以上にキャラクターが大きく異なり、よって購入を検討する複数のクルマのトランスミッションが「DCT」「トルコン式AT」に分かれている場合、「試乗は必須」だとも考えています。
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