ぼくはさほどBMWの車が好きではない割にはこれまで3台のBMWを乗り継いでおり、それは「車よりも企業としてのBMW」に興味があるからなのかもしれません。
ここでそのBMWの戦略について考えてみたいと思います。
BMWはもともと航空機用のエンジンを作る会社で、BMWという社名は「バイエルン・モトーレン・ヴェルケ=バイエルン(地名)のエンジン会社」 という語句の略字。
その由来のため、BMWのエンブレムの白い部分は”プロペラ”、青い部分は”空”を表しており、その出自を明らかにしています(最近は違う意味合 いももたせているようですが)。※そのため、BMWのコア・バリューの一つは”エンジン”
そして、そのコア・バリューを視覚化したものが本社ビルで、エンジンの要とも言えるパーツ「シリンダー」を再現した通称「シリンダー・ビル」。
カラーもブルーを入れ、BMW色を強めていますね。
BMW車におけるブランド表示は、件のプロペラエンブレムと「BMW」という文字とがありますが、それ以上に「BMWであることを主張する」のが「キドニーグリル」。
キドニー=肝臓、のような形をしているのでそう呼ばれますが、これはBMW車のフロント中央には必ず付きます。
SUVであろうとも、本来グリルの必要がない電気自動車「i」シリーズにも、未発表のコンセプトカーやセダン、スポーツカーであろうとも。
これはメルセデス・ベンツにはない特徴で、つまりメルセデスは”ベンツマーク”と”Mercedes-Benz”という文字がブランドを表現しており、BMWのキドニーグリルに相当する形状のグリルは持たない、ということですね。
このグリルが付くことで、その車がBMWであることを主張し、たとえそれを見る人がその車をはじめて見たとしても「これはBMWなんだな」「これは見たことがないけれどBMWの新型車なんだろう」ということがわかります。
つまり、BMWのブランドとしての主張は、「文字、エンブレム、キドニーグリル」という3本立て、ということになります。
ほか、特筆すべき点として、1992年にインダストリアル・デザイナーの「(もう退任しましたが)クリス・バングル」氏を起用して、デザインの大幅刷新を図ったことも注目に値します。
それまで、ブランド内ヒエラルキーとして「3/5/7」シリーズというものがあり、大きな3シリーズが5シリーズで、大きな5シリーズが7シリー ズであり、その様子は「金太郎飴」と揶揄されたことも。
BMWとしては、(当時)3シリーズから入ってもらい、所得の増加とともに5>7へ移行してもらうというシナリオを描いていたのですが、そうなると必然的に「3シリーズ」はエントリーモデル=お金の無い人向け、という位置づけになり、たとえば自分が3シリーズに乗っていて信号停車した時、となりに5や7が 並ぶと劣等感を感じるというジレンマが生じます。
そこでクリス・バングルが考えたのが、「各モデルに明確なキャラクターを与える」こと。
たとえば3はスポーティ、5はシック、7はラグジュアリー、というように(市販モデルとしての反映は2000年頃から)。
そうなると、「オレは3のスポーティーさが好きだから3を買う」「私は7までの高級さはいらず、サラリと乗りたいので5にしますかな」という、” 積極的に”それぞれのシリーズを選ぶ層が出てくることになります。
結果として、他の自動車メーカーの既存ユーザーからBMWユーザーを生成することになり、おおきくシェアを伸ばすこととなりました。
また、3シリーズに乗りながら5シリーズを増車する「二台持ち」も出現し、BMWというブランド内でユーザーの囲い込みができたことになります。
BMWは現在のところ再び金太郎飴的になっていますが、最新モデルやそのスパイフォトを見ていると、再び「モデル間での差別化を明確にする」方向へ回帰するようにも見られ、ここは「金太郎飴戦略を継続」しているメルセデス・ベンツとどう差が出るのかは興味のあるところ。
過去にクリス・バングル氏の講演を聞いたことがありますが、そこで印象に残るのは「ブランド成立の要件のひとつは”歴史”である」ということ。
BMW、はいまやイギリスのミニ、ロールスロイスを買収していますが、これはブランドの歴史を買った、ということになります。
ミニもロールスも多くはBMW設計となっており、BMWはミニやロールスの技術が欲しかったわけではなく、ミニやロールスという名前つまり歴史が欲しくて買収に至ったと考えられます。
以前にBMWはランドローバーを買収しましたが、その際はランドローバーの持つ(しかしBMWには無い)4WD技術を吸収することが目的であり、その産物としてSUVである「X5」を登場させたことがあります。
同様に高性能車の技術が欲しくてランボルギーニと提携した後、その技術を 映させた「M1」を登場させたことも。
しかし、ミニやロールスの場合は、単純に「ブランド価値」に目をつけたもので、やはり一朝一夕には成立しないのがブランドである、とBMWは考えているということに。
なお講演において、メディアからの「中国の自動車メーカーが世界的なブランドとして認知されるにはどれくらい時を要すると思うか」という質問があり、クリス・バングル氏からの答えは 「100年はかかるだろう」というもの。
ちなみに中国でのBMW、の漢字表記は「宝馬」。
読みは「ばお・まー」ですので、全くBMWのとは異なる発音になりますが、文字通り「宝の馬」であり、これも「現実に忠実であるよりもイメージを優先する」ブランド戦略の一環かと認識しています。
ちなみにメルセデス・ベンツは読みを漢字で当てた「梅赛德斯-奔驰 =めるせです・べんちー」。
ここにもブランドの考え方の相違がありますね。
ブランドとは価格や品質によって成り立つものではなく(高いからブランド、とはいえない)、その起源のとおり「差別化」を根本とするもので、それをより明確に、かつ長期間の弛まぬ努力によって世間に認知させたものこそが”ブランド”であると考えられます。
既存の「BMW」ブランドを育成することに注力しながらも、ほかにBMWが行ったこととしては「i」ブランドの設立があり、これは新たに電気自動車を展開するにあたってBMWブランドではなく、「i」というサブブランドから発売する決定をなしたということですが、いかに時間がかかろうとも、いかに困難であろうとも未来永劫に渡り会社を存続させるにあたって「今始めておかねばならない」と踏んだのでしょうね。
おそらくこれから時代はエレクトリック化へ向かい、しかし既存ブランドを買収しようにもエレクトリックブランドとして適当なものはなく、じゃあ時間がかかることは承知の上で、しかし今から新たにブランドを育ててゆかねば未来はない、と考えた結果なのだと考えられます。
まとめると下記の通り。
BMW下記のような仕事をしてきていて、そういった戦略にぼくは惹かれるのだと思います。
・キドニーグリルのように、ロゴや文字以外でも、ブランド認識率を向上させるデザイン=形状=シェイプ、ディティールを考えている。
・製品以外でも、ブランドコンセプトを視覚化したものを作る。たとえばシリンダービルがそうであるようにブランドの視覚化をはかる。
・価格が低い=エントリー、低級、ではなく、積極的にそれらを選び、かつ選んだ人が誇りを持てるような理由付けを(コンセプト、デザインにおい て)行う。
・他社から自社ブランドに取り込んで逃がさない。
現実的にBMWは日本においてはかなり高い認知度を誇り、女性や社会人が「欲しい」「憧れる」ブランドでは定番の一位。
これはやはりBMWの採用してきた戦略が奏功している、と考えてよいかと思います。