
| 機能や性能は「消費者の期待以上のレベル」に達したうえ、「当たり前」となっているために比較要素とはならない |
現代の自動車市場において「購入」の主な決定要因はその「イメージ」である
さて、アウディ「コンセプトC」、ジャガー「タイプ00」の登場に際して考えさせられるのが「イメージ戦略としてのクルマ」。
両方とも「ブランドの変革をアピールするため」に世に示されたクルマではありますが、興味深いのはこれらにつき「機能や性能がまったく説明されていない」ということ。
つまりはそれぞれのブランドを象徴するクルマでもありながらも「パフォーマンス」が示されておらず、つまりこれは「現代の自動車にとって、パフォーマンスは重要ではなくなった」という事実を示しているのかもしれません。
Image:Audi
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一昔前、クルマといえば機能や性能で語られたものだが
そのクルマ、あるいは自動車メーカーを評価する指標や基準は時代によって変化していて、クルマがまだ発展途上の製品であった頃は「あのメーカーのクルマは壊れないから安心」といった基準で選ばれていた時代があり、その後になると「馬力」が重要な意味を持つように。
そしてさらには「DOHC」「ターボ」「4WD」など技術がそのクルマや自動車メーカーを評価する、あるいは選ぶ基準へと変化したようにも認識していますが、その後は「最高速」や「ニュルブルクリンクのラップタイム」などの”記録”が指標として重視される傾向が強まったという印象です。※ヘッドライトがキセノンかどうか、という時代もあった
参考までに、もはやDOHCを売り物にする自動車メーカーはほとんど存在しないと思いますが、メルセデスAMGは「ターボ」を押し出していて、これはおそらく「V8」とセットにて”内燃機関+ハイパワー”を主張する手段なのだと思われ、ある意味で「希少種」になってしまったパワートレーンを主張する一つの手段なのかもしれません。
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そしてもう一つ参考までに、ポルシェは「ターボ」をパフォーマンスの指標として用いており、ピュアエレクトリックカーにも「ターボ」の呼称を与えていることでも知られていて、当時とは異なる意味で「ターボ」が差別化要素として生き残っているのは面白い事実でもありますね。
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話をもとに戻すと、また別の観点からは「安全性」がクルマ選びの一つの基準となった時代もあり、とくに1980-1990年代はボルボが「安全だから」という理由で選ばれることが多かったようにも認識しています。
ただ、その後ボルボは徐々に販売を落としてしまい、2010年には中国の吉利汽車によって買収されてしまうことに。
ボルボがその存在感を失ったことにはいくつかの理由があるかとは思われるものの、ぼくが考えるに、「かつて自動車業界において、”安全”はボルボを体現する言葉であったが、その後はどの自動車メーカーも安全なクルマを作るようになり、安全はボルボだけのものではなってしまったうえ、普遍的な、そして標準化された特徴になってしまった」からだとも考えています。
自動車における「当たり前品質」が大きく向上
つまりは業界全体の技術力の向上により、かつてはそのメーカー特有のものであった特徴が「どこのメーカーでも持ちうるようになった」ため、その意味を失ってしまった(備わっていて当然の特徴になった)ため、誰もこれについて語ることがなくなってしまったのだ、ということですね。
そしてこういった「当たり前」は自動車業界全体において急速にその分野を広げてゆくこととなり、今では「壊れない」も当たり前、「燃費がいい」「乗り心地がいい」「運転支援装置(ADAS)が充実していても当たり前」なので、クルマの購入時にこういった要素を「主な検討要因」として掲げる人は少なくなったようにも思います(その意味では、スバルの「ぶつからない技術」、日産のスローガン「技術の日産」はもはや消費者に響くものではないのかも)。
さらにいえば、どのクルマでも今では(日常生活や一般的な環境において)必要十分な動力性能を備えているため、「排気量」「馬力」「トランスミッション」についても考慮する必要がなくなり、さらには車両安定技術が進化したために「駆動方式」にこだわる人も少なくなり、たとえば現代のクルマは「FFだろうがFRだろうがMRだろうが4WDであろうが、よほどの豪雪地帯でなければ雪道や凍結路でも安全に走れる」ため、駆動方式うんぬんに触れることがもはや無意味になってきたようにも思います。
実際のところ、しばらく前から自動車メーカーはエンジンや駆動方式、出力、トランスミッションについて表に出さなくなっており、ウエブサイト上でも別途仕様諸元をPDFで開かないとそれらを確認できない例が増えていますが、これは「自動車メーカーがこれを隠している」のではなく、「誰も気にしなくなったから、情報として押し出す必要がない」からなのかもしれません。
要は、「現代のクルマは、消費者の要求を全て満たせるだけの機能的(運動性能、燃費、安全性、快適性など)要件を備えており、さらには自動車メーカーや、同セグメント間のクルマでは差がほとんどなくなっている」のだとも考えられ、よってそれらは当たり前過ぎて「積極的に見せる」たぐいのものではなく、かつ消費者の興味を引くセールスポイントたり得ず、クルマを選ぶ際の消費者の「基準」そのものが大きくシフトしていることを意味します。
現代の消費者はクルマをどういったイメージで選ぶのか
そこで現代の消費者がどういった基準でクルマを選ぶのかについて考察してみると、それは「イメージ」のひとことに尽きるのかもしれません。
かつてフォルクスワーゲンにて「ディーゼル不正事件」が発覚した際、当時日本には「ディーゼルエンジンを積むフォルクスワーゲン車」が正規輸入されていなかったにもかかわらず、大きく販売を失ってしまったという事例があり(とくに日本は”実際にディーゼル車が販売される”ほかの国や地域に比較し、落ち込み幅が大きかったと言われる)、これは消費者が「そのブランドやクルマに抱くイメージ」が購買活動に大きな影響を及ぼすことを意味します。
さらに直近の例であれば、テスラCEO、イーロン・マスク氏の「イメージダウン」がそのままテスラ車の販売低下にも直結しており、やはりクルマと「そのブランドが持つイメージ」が密接に結びついていて、その結びつきは「実際のクルマの機能や性能をも超える強さ」であると評価していいのかもしれません。
そしてこの「イメージ」は様々な要因にて作られてゆくのですが、逆に「イメージアップ」で販売を大きく伸ばした例はトヨタ自動車。
これは豊田章男会長が草の根活動的にモータースポーツにおける存在感を強化してゆき、それと市販車とを結びつけることで「無味乾燥なクルマを作るメーカー」から「なにか楽しそうなクルマを作っているメーカー」へと消費者の持つイメージを大きく変革することに成功し、ブランド価値を向上させた例であるも考えられます。
ただ、このイメージはその自動車メーカーと「かけはなれた」ものであればイメージアップ、ひいては販売向上(商業的成功)に直結するものではなく、たとえばフォルクスワーゲンがひたすら取り組み、しかし成功しなかったように「大衆車メーカーが高級イメージを打ち出しても、消費者がそれについてこない」という例も。
同様に、モータースポーツの実績がないにも関わらず「スポーツカー」を作り、そのブランドをハイパフォーマンスカーと結びつけようとすることにも無理があり、よってイメージ戦略とはそのブランドのヘリテージ、現実、そして実際の行動と密接な関係を持っている必要があるのかもしれません。
これまで以上に「ブランド価値」「イメージ戦略」が問われる時代に
こういった現代の事情を背景としてアウディそしてジャガーは「性能や機能を訴求しない」クルマを今後のイメージリーダーとして掲げてきたのだと思われますが、「デザイン」はそれを見る人の主観に左右されるもので、つまり「馬力」「加速性能」のように数値を持って客観的に示し優劣を測れないもの。
Image:Jaguar
これは「他社に打ち負かされる心配がない」反面、「そのデザインを気に入ってもらえなければ全く効力を発揮しない」というリスクを孕んでいるのですが、ジャガーそしてアウディも「販売台数」を追求する自動車メーカーではなく、「質」で勝負する自動車メーカーであり、そのため「大衆受けを狙う必要はなく」、極端なデザインを示し、それを熱烈に気に入ってくれる人だけが買ってくれればいい、というスタンスなのかもしれません。
上述の通り、自動車の購買における判断材料は時代とともに変化していて、ここ最近出てきた新しい「訴求要素」だと、「タンクターン」「水に浮き、水上航行ができる」「ダンスする」「ジャンプできる」といった、いずれもクルマの機能とは思えないものばかりではありますが、それだけ消費者がクルマに求める要素が変化しており、クルマのポジションそのものが変化している、ということなのでしょうね。
Image:Audi
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