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16%の女性閲覧者にお願い。彼氏や夫が「スポーツカー(もしくはスーパーカー)買うわ」といい出したら気持ちよく許してやって

投稿日:2020/06/02 更新日:

| 長くなるけど、ボクの考える理由を述べてみる |

さて、よく問題となるのが「スポーツカーやスーパーカーを買いたいが、彼女や妻が許してくれない」という話。

Googleアナリティクスによると、信じられないことに、当ブログには平均して15.95%の女性ユーザーが訪問してくれているようですが、ここでぼくが女性に対してお願いしたいのが「スポーツカーやスーパーカーの購入を許してあげて・・・」ということ。

結論から言うと、スポーツカーやスーパーカーを購入して「没落した」人をぼくはこれまでに見たことがなく、むしろそういったクルマを購入した人たちはどんどん人生が上向いており、あんまり好きな言葉ではないけれど、「あげまん」かどうかの分かれ目の一つは「買いたいクルマを気持ちよく買わせてやるかどうか」なんじゃないかと考えているわけですね。

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人を「制限」することは可能性も同時に制限している

家庭や社会においてよくあるのが「あれをやるな、これをやるな」という”制限”。

もちろん不法行為や違法行為は制限すべきですが、そうでなければ自由にやらせてよ、とぼくは思うわけですね。

実際のところ、人はそれぞれの嗜好や個性を持っていて、やりたいようにしたい、生きたいという願望を持っています。

たとえば、ぼくは「ばっかり食べ」が大好きで、例えば「野菜炒め」を食べるときには、「キャベツ→玉ねぎ→ピーマン→肉」といった感じで順番に食べてゆくのですが、ときに「バランス良く食べろ」と他人から言われることも。

こういったときには「食べ方くらい好きにさせてよ・・・」と思ったりするのですが、こういった制限はその人の「常識」に基づいたものであり、ぼくの常識とはまた異なります。

一部の人々は「自分が好きなものは他人も好きなはずだ」「自分がいいと思うものは他人もいいと思うはずだ」と考えており、自分とちがう嗜好を持つ人を排除したりします。

ぼくはお酒をたしなみませんが、お酒が好きな人からすると「そのぶん人生損をしている」ということになり、なぜぼくが酒を飲まないのかといった事情は考慮しないわけですね。

それは「社会」においても同じで、その会社ならではの、守るべき理由や価値のないしきたりや常識があって、それに外れると会社の中でやりづらくなったりします。

もちろんそういったルールは秩序を保つためであり、多くの社員が問題を起こさずに活動するためのものだとは理解しているものの、一方でそれは管理側の事情であり、保身に走った結果だと言えるかもしれません。

ぼくはそういった「押さえつけられる」「意味のない規則に従わされる」のが大嫌いでで組織に属していないのですが、実際に脱サラして自分の思うようにやったほうが「うまくいった」という事実もあり、今となっては会社も「ぼくを抑えず、やりたいようにやらせていたら、会社の業績が上がっていたのにな」と思ったり。

要は、「ぼくは100点を取れるだけの能力があったのに、会社の管理上の事情にて、”60点以上は取るな”と言われていた」ということになるのかもしれません。

さらに言えば、ぼくの「60点」が上司にとっての「100点」であり、ぼくの「60点から上」は上司からすると未知の領域であって、その上をぼくが目指そうとすると「何いってんだコイツ」とまったく理解ができないわけですね。

ここが「バカと天才は紙一重」な部分でもあり、常人からすると、バカも天才も同じように理解の範疇を超え、かつその違いがわからないということになりそうです(ぼくは天才ではないが、人類の上位3%に入るIQを持っている)。

つまり、「あれをするな、これをするな」というのは、その人の限界から来る行動であり、それ以上のことができる人間の可能性を押さえつけているだけで、その人の人生や経済的利益を「未然的に損失している」とい考えても良さそう(ぼくは、これを無能者による暴力だと考えている)。

スポーツカー、スーパーカーを買う人はそのために努力をする

そして、スポーツカー、ましてやスーパーカーを買おうという「常人には理解できない」行動をする人は「常人以上のポテンシャルを秘めている」という可能性があり、自分が理解できないからとその行動を否定したり、制限することはやめてほしい、と思うのですね。

参考までに、ぼくは「その生物の種族、その個体にはそれぞれの速度がある」と考えています。

そして、その速度は「頭脳の処理能力に直結している」とも。

どういったことかというと、高速で飛行できる鳥の脳は「高速仕様」になっていて、飛んでいるときに何かが起きた際に即対処できるよう、高いレベルの頭脳を持っていると思うのですね。

これが種族ごとの「速度」ということになりますが、鳥類に「地上歩行しかできない」動物の脳を載せ替えると、到底飛行中に起きた問題に対処できるものではないとも考えています。

逆に、鳥類の脳を地上の動物に載せ替えると、その体はフラストレーションそのものとなってしまうのかもしれません。

そして、スポーツカーやスーパーカーのような「速いクルマ」を欲しいと考える人々は、脳の処理速度が速く、普通のクルマに満足できないのかもしれません。

そういった人々に対し、(スポーツカーやスーパーカーに乗らずに)フラストレーションを抱えたまま生き続けろというのはちょっと酷な話でもあり、本来その人が歩むべき人生を取り上げることになるのだとも考えられます。

すぐれたスポーツ選手や芸術家は一般にスポーツカーやスーパーカーを好むとされますが、彼ら/彼女らもまた、「普通のクルマでは満足できない、高性能な脳の持ち主」なのでしょうね。

よって、スポーツカーやスーパーカーを、彼氏や夫が「買いたい」といい出したとき、現在はスポーツカーやスーパーカーを買うお金がなくとも、「買っていい」とだけ言ってあげれば、自分自身で努力して収入を増やしてゆくかもしれませんし、無理して買った場合であっても、それを維持したり、さらに高性能なクルマに乗り換えるために収入を増やしてゆくかもしれません。

たしかに、現在の収入や環境では「スポーツカーやスーパーカーの購入は難しい」という場合もあるかもしれませんが、それはあくまでも「現在の」環境であり、その環境を変えようという意思のある人の向上心をくじいてはならない、と思うのですね。

なお、人間は数少ない「環境を変えることができる生き物」であり、たとえば冬季に食べ物がないとなれば、農耕にて作物を収穫し「保存」することで生き延びてきた種族です。

そして、「スポーツカーやスーパーカーを買うな」というのは、「農耕なんてしなくてもいいから、目の前にあるものだけで生活しろ」と言っているようなもので、人類の歴史を否定するようなものである、とも考えているわけですね(おおげさなようにも聞こえるが、本人からするとそれくらい大きな問題だと思う)。

なぜスポーツカーやスーパーカーの購入を制限するのか

スポーツカーやスーパーカーの購入をなぜ制限するのかということについて、いくつか理由はあるかと思いますが、まず「必要ないから」というものがあるかもしれません。

ただし、昔の偉い哲学者も「もっとも不要なものこそが、もっとも必要」と述べているということもあり、ぼく自身も「他人から見て不要であっても、当人から見ると必要」なものはたくさんあると思うのですね。

たとえばぼくにとって「お酒」は世の中から消えて無くなっても構いませんが(むしろ犯罪誘発の要素として排除してもいいと考えている)、しかし一部の人にとってお酒は「必要」。

そしてぼくは「人は人、自分は自分」と考えているので、自分にとって不要だからといって「酒を飲むな」とは他の人には言わないわけですね。

そのほか、スポーツカーやスーパーカーの購入を否定するのには「不便だから」という理由があるかもしれませんが、それは本人も重々理解しているので、スポーツカーやスーパーカーとは別に「便利な」クルマを別に購入するだけのお金を稼いでくるものと思われます。

そしてもっとも大きな理由が「お金」かも。

ただ、上で述べたように、スポーツカーやスーパーカーを購入しようという意志のある人は「なんとかする」という意思も同時に持ち合わせていると思われるので、目的さえ明確になれば一直線に進むものと思われます。

そういった意味では、目的を否定してしまうと、つまらないことに浪費したり、向上心を捨ててしまい、「どうせ好きに使えないのならお金を稼いでも仕方ないしな・・・」と自暴自棄になり、結果として可処分所得や生涯賃金が低くなってしまうかもしれません(とくに男は、否定され続けると自尊心を傷つけられ、卑屈になってしまう)。

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そのほか、ごく稀に「夫がスーパーカーを買おうとしているが、スーパーカーに乗るとモテてしまうのではないかと心配です。そのところどうですか?」という相談を受けることがありますが、スーパーカーに乗る人の多くは「美しい女性と、美しいスーパーカーが並んでいたら、間違いなく美しいスーパーカーに目を奪われる」人種だと認識しており、これは杞憂に終わると考えています。

スーパーカーの購入者は1%にも満たない

なお、2019年通年において、国産車の販売は3,284,870台、輸入車の販売は140,449台、軽自動車は1,910,346台なので、国内における自動車販売台数は5,335,665台。

一般にスーパーカーと呼ばれるランボルギーニ、フェラーリ、マクラーレン、アストンマーティンの2019年通年での合計販売台数は1,904台なので、比率からすると0.03%。※計算はしてないけど、”スポーツカー”まで枠を拡げても1%に満たないと思う

もし、自分の彼氏なり夫が「0.03%を目指す」といい出したのなら、それを否定するのではなく、せめて協力はしないまでも、好きにさせてやってほしい、と思うのです。

もしかすると目覚ましい成長を見せ、本当に0.03%に入ってしまう可能性もありますし、実際にそうなったらやっぱり「誇らしい」ですよね(きっと彼氏や夫も、購入を許してくれたことに感謝する)。

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参照:自販連全軽自協JAIA

 

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