
| ポルシェのキーシリンダーがステアリングコラムの「左」にあるのは長らく「ル・マンで少しでも速くスタートするため」だと言われていたが |
「ポルシェのキーが左にあるのは、ル・マンで素早くスタートするため」――実は間違い?
さて、ウォールストリート・ジャーナルが「The Real Reason Porsche Ignitions Are Left of the Wheel(ポルシェのイグニッションが左にある本当の理由)」なる記事を公開し、これが多くの自動車ファンへと衝撃を与えることに。
その衝撃の理由とは「長年信じられてきた、ポルシェのキーシリンダーが左にあるのは”ル・マン24時間レースで素早くスタートするため”という説が誤りである」と指摘していたためで、実際には、ポルシェが左側にキーを配置した理由は「戦後の物資不足を補うために配線を節約する必要があったから」だと説明しています。
ただ、この「ワイヤーの節約」は同時に軽量化にも貢献し、よって最初期のポルシェ356以降「わずかなワイヤー重量の削減でもコスト的に大きな意味がある」ということで「伝統」として受け継がれたのだそう。
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「ル・マン式スタート」とは何だったのか?
1970年以前のル・マン24時間レースでは、ドライバーがスタート時にマシンから離れた位置(コースを挟んでマシンの真向かい)に立ち、旗が振られると同時に自分のクルマまで走ってエンジンを始動して発進する「ル・マン式スタート」が採用されています。
このとき、左手でキーを回し、右手でシフトレバーを操作できるようにすることで、スタート時のタイムロスを(コンマ数秒でも)防げる――というのがポルシェの「伝説」でもあったわけですね。
実際のところ、もはや「キー」が不要になった現行モデルやEVラインアップにおいても「スタートボタン」がステアリングコラム左に設置されており、これがぼくらポルシェ乗りの「誇り」であったことは間違いないかと認識しています。
レースカーの実態:「左キー」はむしろ少数派だった
しかし実際に当時のレースカーを調べてみるとこの説には疑問が残り、ポルシェの1950〜60年代のル・マン参戦車を調べると以下のような結果になっていて、意外と「シフトレバーと同じ方向」にキーシリンダーが存在するクルマも少なからずあるもよう。
- 356 SL Gmünd Coupe:右側
 - 550:右側
 - 718:右側
 - 904:右側
 - 906:右側
 - 907:左側(右ハンドル)
 - 908:左側(右ハンドル)
 - 917:左側(右ハンドル)
 
この結果を見ると、なんと11台中7台が「キーとシフトレバーが同じ右側」という配置となりますが、1950年代のポルシェ・550スパイダーや718も”右キー”であったにもかかわらずル・マンやニュルブルクリンク1000kmなどでクラス優勝を果たしており、「左キー=速い」という説は実際には根拠がない、ということになりますね。
「左キー」はいつから?―最初は配線節約のためだった
ではなぜポルシェは「左キー」を採用したのか?
初の市販ポルシェ「356-001」(1948年)はオーストリア・グミュントの旧製材所で製造されていますが、当時のポルシェ・ミュージアム館長クラウス・ビショフ氏によると、左側イグニッションの理由は上述の通り”物資が足りなかったから”。
しかしキーシリンダーを左に配置することで配線を短くでき、結果的に200グラムの銅線を削減できたとされ、「コストと重量を同時に削減できた」のが左キー。
つまるところ、ポルシェの「左キー(右ハンドルだと右キー)」は戦後の資源が乏しいドイツならではの事情によって誕生したものの、それが後に「伝統」として定着し、今日の911シリーズでも受け継がれている、ということになりますね。
ポルシェは一貫して「左キー」だったわけではない
実際、ポルシェは右キー車を何度も発売しており、たとえば以下のクルマはいずれも右側にキーを配置していて、つまり左キーはポルシェの「象徴」ではあるものの、実用上の理由や設計上の都合で変化してきたということもわかります。
- 1954年 356スピードスター
 - 1978年 928(V8エンジン搭載のフロントエンジンGT)
 - 1982年 944(直4エンジン搭載)
 
「ワイヤー節約の伝統」こそ、ポルシェの本質かもしれない
つまるところ、「ル・マンでより速くスタートを切るため」に左キーを採用したという通説は「誤り」であったことが様々な方面から立証され、しかし「レースで速く走るためため」よりも、「限られた資源を最大限に活かすため」「200グラムであっても軽さを重視した」という起源のほうが、むしろポルシェらしいのかもしれません。
戦後の苦しい時代に始まり、今日では世界最高峰のスポーツカーブランドへ――。
左側のキーは、その“創造的な節約精神(あるいは効率化)”を象徴する小さな遺産なのだとも考えられます。
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参照:Jalopnik
















