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【衝撃の真実】スバルの象徴、「青いボディに金のホイール」は配送ミスから生まれたものだった。世界を熱狂させた伝説のWRCカラー誕生秘話

スバルのキー
Life in the FAST LANE.

| 世の中には「間違い」が「真実」になった例が数多く存在する |

しかし「まさか」この間違いがここまで有名な例になろうとは

スバルの高性能モデル「WRX」や「インプレッサ」と聞いて、多くのクルマ好きが真っ先に思い浮かべるのが「鮮やかなブルーのボディに”鈍く輝く”ゴールドのホイール」という組み合わせではないかと思います。

この記事の要約

  • 偶然が生んだアイコン:スバルの伝説的な「WRブルー×ゴールドホイール」の組み合わせは、意図したものではなく、1997年のWRC(世界ラリー選手権)開幕戦におけるホイールメーカーの配送ミスが原因だった
  • 本来の色は「チャコールグレー」:マシンデザイナーは渋いグレーを指示していたが、イタリアのスピードライン社から届いたのはすべて「ゴールド」だった
  • 開幕戦優勝で歴史が決定:間違った仕様のまま出場したモンテカルロ・ラリーでスバルが優勝。大々的な広告展開が決まり、スバル社長の鶴の一声でゴールドが正式採用となった
スバルWRXのカタログ画像
Life in the FAST LANE,

1997年モンテカルロ、届いた箱を開けたら「全部金だった」

モータースポーツファンのみならず、世界中のクルマ好きにとって「スバルのアイデンティティ」として定着しているこのカラーリング。

しかし、この伝説的なカラーコンビネーションが、実は1997年のラリー界で起きた「たった一つの配送エラー」から偶然生まれたものだったという事実は殆ど知られていないかもしれません。

当時、スバルのWRCワークスチームを運営していたプロドライブ(Prodrive)の会長、デビッド・リチャーズ氏がポッドキャスト番組『The Intercooler』で明かした「今だから語れる驚きの舞台裏」、そしてWRCの歴史を塗り替えた奇跡のストーリーを振り返ってみたいと思います。

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時計の針を1993年に巻き戻してみると、スバル・インプレッサがWRCの舞台に登場した当時、メインスポンサーはイギリスのタバコブランド「State Express 555(スリーファイブ)」。

このブランドカラーが「ブルー&ゴールド(アジア圏のパッケージではブルー&イエロー)」だったことが、現在のスバルカラーのルーツです。

しかし、1997年にWRCの車両レギュレーションが従来の「グループA」から、より幅広い改造が許される「ワールドラリーカー(WRカー)」へと移行した際、スバルとプロドライブはマシンの全面刷新に合わせ、ホイールのカラーリングも一新する計画を立てており、リチャーズ氏は当時の様子をこう振り返ります。

「1997年シーズン開幕戦のモンテカルロ・ラリーに、私たちは全く新しいWRカー(インプレッサWRC97)を持ち込みました。当時、ホイールを供給していたのはイタリアのスピードライン(Speedline)社だったと思いますが、現地に届いたホイールを見て全員が目を見張りました」

「本来、マシンのデザイナーであるピーター・スティーブンスは、『チャコールグレー(濃いグレー)』のホイールを指定していたのです。しかし、スピードライン社が送ってきたのは、手違いで『すべてゴールド』に塗られたホイールでした」

開幕戦の現場で、指定と違う色のホイールが届くという大トラブル。

しかし予備のホイールを現地で塗り直す時間など残されておらず、チームはやむを得ず「配送ミスで届いたゴールドのホイール」を新型インプレッサに装着してスタートラインに並べることになったというわけですね。

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ここで、この「美しい誤算」の主役となった伝説のマシン、スバル・インプレッサ WRC97の概要とスペックを振り返ってみると、グループA時代とは異なり、市販車の面影を残しつつも中身は完全に純レーシングカーへと生まれ変わったエポックメイキングな1台です。

スバル・インプレッサ WRC97 主要スペック

  • ベース車両:インプレッサ リトナ(2ドアクーペ)
  • エンジン:2.0L 水平対向4気筒 DOHC 16バルブ ターボ(EJ20型・ボクサーエンジン)
  • 最高出力:300馬力以上 / 5,500 rpm(当時のFIA規制による公称値)
  • 最大トルク:48.0 kg·m以上 / 4,000 rpm
  • 駆動方式:アクティブディファレンシャル付きフルタイム4WD
  • 変速機:プロドライブ製6速シーケンシャル・ギアボックス
  • 車両重量:1,230 kg(WRカー最低重量規制)
  • 足回り:スピードライン製アルミホイール(18インチ ※ターマック仕様)

このスペックを見ても分かる通り、このマシンは当時の技術の粋を集めた「最強のウェポン」で、ワイド化されたフェンダーとしなやかな足回りは、のちに市販される「インプレッサ 22B-STiバージョン」などのプレミアムモデルへ直接的なインスピレーションを与えることとなっています。

大ヒットが招いた「戻せない」広報戦略

配送ミスというアクシデントに見舞われたスバルチームではありますが、運命の女神は粋な計らいを見せます。

なんと、新型インプレッサWRC97を駆るエースドライバーのコリン・マクレーが、その開幕戦モンテカルロ・ラリーで見事に優勝を果たすこととなり、新車のデビュー戦、しかも伝統のモンテカルロでの勝利は世界中で大々的に報じられ、メディアや雑誌の表紙、スバルの広告には「青いボディにゴールドのホイール」を履いたインプレッサの姿が溢れかえるということに。

リチャーズ氏はレース後、スバルの社長に謝罪の連絡を入れることとなり・・・。

「社長、申し訳ありません。ホイールの色が間違って届いてしまったんです。次のレースからは、本来予定していた渋いチャコールグレーに戻します」

しかし、社長の返答は意外なもので・・・。

「いや、ダメだ。すでにこのカラーで大々的に広告を打ってしまったし、ファンも大熱狂している。これからはずっとゴールドのホイールでいく」

こうして、本来なら1戦限りで消えるはずだった「配送ミス仕様」が、スバルの公式なワークスカラーとして固定されることになった、というわけですね。

宿敵ミツビシとの鮮やかな対比

当時、WRCでスバルと激しいタイトル争いを繰り広げていた最大のライバルが、トミ・マキネン率いる三菱(ミツビシ)・ランサーエボリューション。

三菱のアイコンが「真っ赤なボディに白いホイール」だったのに対し、スバルは「鮮烈なブルーにゴールドのホイール」。

この2大日本車のコントラストは、当時のモータースポーツ界において最もドラマチックなライバル関係として、多くのクルマ好きの記憶に深く刻み込まれることとなっています。

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結論(まとめ)

ここで思うのが、もし1997年のあの日、イタリアのスピードライン社が指示通り「チャコールグレー」のホイールをフランスのモンテカルロに届けていたら、自動車の歴史はどうなっていただろうかということ。

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スバルのラリーカーは精悍ではあるものの、どこか地味な印象のまま歴史の1ページに収まっていたかもしれません。そしてぼくらが今街で見かけるWRXやインプレッサ、さらにはスバル車にゴールドのホイールを組み合わせるというカスタムカルチャーもおそらくは存在していなかったのかもしれません。

スバルはその後、2000年にリチャード・バーンズ、2003年にペター・ソルベルグによってドライバーズタイトルを獲得。

2008年を最後に惜しまれつつWRCワークス活動から撤退したものの、通算でマニュファクチャラーズタイトル3回、ドライバーズタイトル3回、46回のラリー勝利という偉大な金字塔を打ち立てています。

現在でもアメリカの国内ラリー選手権(ARA)を走るスバルの公式マシン、そしてマクレーが当時駆った1997年の実車(現在オークションで50万ドル=約8,000万円以上の価値がつくコレクターズアイテム)には、あの伝統のカラーが輝いており、ひとつの単純な「手違い」がブランドの魂を形作る最大のアイコンへと昇華したスバルのゴールドホイール。こういった「裏話」があるからこそ、モータースポーツと自動車の歴史は面白いと言わざるを得ないのかもしれませんね。

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参照:CARBUZZ, The Intercooler (YouTube)

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