待望のアバルト124スパイダーに試乗。
マツダの広島工場で作られる、フィアット124スパイダーのアバルト版ですが、日本ではフィアット版は販売されず、アバルト版のみの販売となります。
これはフィアット124スパイダーとマツダ・ロードスターとの価格が近いために「喰い合い(カニバリズム)」が生じる恐れがあり、これを懸念したマツダとフィアットとの間でなんらかの合意が持たれたものかと思われ、しかしアバルト124スパイダーだとマツダ・ロードスター(最上位のRSに較べても)よりも70万円ほど高価であり、「喰い合い」が生じないと踏んだのでしょうね。
なお、アバルトはこれまでアバルト専売店のみでの販売でしたが、フィアットディーラーでもアバルト車の扱いを2016年7月1日より開始しており、FCAのアバルトにかける意気込みが伝わってきます。
アバルト/フィアット124スパイダーは言わずと知れたマツダ・ロードスターの仕様違いモデルですが、フィアットによると足回りをよりしなやかに、ハンドリングは重厚に仕上げたとしており、マツダ・ロードスターとの差異をアピール。
エンジンにおいてはマツダ・ロードスターは自然吸気1.5リッター131馬力、アバルト124スパイダーは170馬力。
全長/全幅/全高:4060/1740/1240ミリ
車両重量:1130kg(MT)/1150kg(AT)
駆動方式:FR
エンジン=1.4リッターターボ(170馬力)
トランスミッション=6速MT/6速AT
車両本体価格=388万8000円(MT)/399万6000円(AT)
アバルト124スパイダーのスタイリングに関して往年の124スパイダーのオマージュであるのはフィアット124スパイダー同様で、フロントのボリュームがけっこう大きく、リアデッキが長い(ロードスター+15センチ)ためけっこうロードスターとは違う印象。
外観、内装に関する印象や画像は下記にまとめています。
アバルト124スパイダーを見てきた。その詳細を画像で紹介する
2ドアというボディ形状にしては短いドアを開けて乗り込みますが、この短さは狭い駐車場では威力を発揮しそうで(乗り降りしやすい)、かつボディ剛性の向上にも役立っていると思われます。
ロングノーズでフロントエンジン、ドアが短いというところはメルセデスAMG GTを思い出させる部分ですね。
さて早速試乗ですが、スマートキーなのでそのままブレーキペダルを踏んでステアリングコラム左脇にあるスタートボタンを教えエンジン始動。
試乗車には幸運なことにレコード・モンツァ(マフラー)が装備されており(11月発売予定のオプションですが、ディーラーである八光さんが事前入手し市場当日の朝に装着)、野太い音とともにエンジンが目覚めます。
クラッチをゆっくりつないで車を発進させますがアイドリングスタートも可能なほどトルクは十分(試乗車はマニュアル・トランスミッション)。
すでにぼくの前に試乗している人がいたのでエンジンやタイヤも準備ができているだろうということでいきなり回転数を上げての試乗ですが、一にサウンド二にサウンド、三、四が抜けて五にサウンドというくらい音の良い車。
ぼくが今までに運転した中で優れたエンジン(エキゾースト)サウンドを持つのはフェラーリ458スペチアーレ、ランボルギーニ・ウラカン、メルセデスAMG GTですが、タイプ的にはAMG GTに近い音。
ただしそこまで野獣的ではなく、「ジェントル」とも言えるまろやかさを持った爆音で(音質がマイルドでただ音量が大きい)、オプションとなるこのエキゾーストシステムは必須装備と言えそうです。
なおバブリングは強烈で、爆竹が弾けたような音が出ます(高回転からのアクセルオフで必ず発生するわけではない模様。試乗中でも数回しか出なかった)。
面白いのはウインカーレバーで、これは欧州メーカーながらも日本仕様ではマツダ・ロードスターと同じ「右側レバー」で操作。
欧州車という先入観があると思わず間違えてしまう部分です。
車体のロールやピッチも綺麗に抑えられていて、しかしスプリングの硬さ、ダンピングの強さを全く感じさせない足回りであり、これは「ビル足」の賜物と言えるでしょう。
一般的に考えても「乗り心地が良い」と言えますが、それでもビシリと車体が安定し、ダブルレーンチェンジにおいても揺り戻しがないのは秀逸。
なお最近の車に置いてサスペンションは格段の進歩を遂げていると考えており、2000年まではスポーツ車は「硬いだけ」で乗り心地が悪く、段差を越えると鋭い突き上げに悩まされたものですが、2005年あたりからスプリングレートを下げてダンピングを強くしたサスペンションセッティングが出てきて乗り心地が良くなり、そしてここ数年では当たりが柔らかいのにしなやかでロールしない、という印象を持つ足回りが登場(伸び側が柔らかくて長く、スプリングを最初からかなり圧縮している?)。
一方サルーンにおいては乗り心地を良くするために柔らかい足回りというのは以前から変わらず、そしてロールやピッチが大きいのは現代でも同じで、サスペンションにおいてはサルーンよりもスポーツカーにおいて進歩の度合いが大きいように思います。
これは当然ながらスポーツカーの方が走行性能を高いレベルで求められるということに起因し、そのパフォーマンスに対する研究開発においてもより高いレベルを求められるからだと思いますが(ボディ剛性の向上もかなり大きな要素)、最近だとマクラーレン、フェラーリが最も優れた足回りを持っているんじゃないかとぼくは認識しています。
よってアバルト124スパイダーを簡単に表現するならば、「ロングノーズを持つFRのメルセデスAMG GTにフェラーリかマクラーレンのサスペンションを押し込み、ポルシェの内装(これは後述)を持った」もので、それをコンパクトにした車がアバルト124スパイダーとぼくは考えています。
とにかくこの価格でこの性能というのは驚きを禁じえず、スポーツカー部門においては「今年最も驚かされた車」であるのは疑いようがなく、ルノー・メガーヌRS、ルノー・ルーテシアRSよりもその驚きはずっと上のレベル。
さて試乗のインプレッションに戻りますが、元が優秀なマツダ・ロードスターなので不満なぞあろうはずがなく、ロードスターの良いところだけを伸ばしたような車ですね。
ステアリングフィールは自然で「くるくると車が曲がり」、さらにはロードスターよりもパワーがあるので後輪の駆動力で車の向きを変えるのが簡単に。
ロングノーズですがコンパクトなエンジンをフロントミッドに搭載しているせいか「フロントを振り回す」ような動きや重さ、慣性も感じさせること無く非常に回頭性の良い車です。
ブレーキフィールも素晴らしく、踏み始めから奥の方までしっかりとコントロールが効き、ブレーキペダルを踏み込むとアクセルペダルと高さが同じになる(つまりヒール&トゥがしやすい)レイアウト。
シフトレバーはストロークが短く硬さも適切で手首だけでシフトチェンジが決まるようになっています(シフトの硬さは重要で、肩から力を入れないとシフトチェンジできない車もあり、その場合は思うようなドライビングポジションが取れないことも)。
特筆すべきはシートで、座面がやわらかく体が沈み込み、サイドサポートがしっかりしているために「快適な座り心地なのにスポーツ走行にもしっかり対応する」、という優れもの。
シートやシフトフィールはポルシェを彷彿とさせるもので、つまりは一級品と言って良い、ということですね。
かといって「飛ばさないといけない」という強迫観念に駆られるような車ではなく、かつシビアすぎて自分のドライビングスキルの低さに涙させられることもなく、高いフレキシビリティとフレンドリーさを持った車と言え、そのサウンドや操作系に起因して「ゆっくり走っても楽しい」車であり、その気になって「本気で走るとなお楽しい」車。
問題はというと、楽しすぎてドライバーにとって素晴らしい車ではあるのですが、その楽しみを助手席の人と共有するのが難しい、ということ。
すべてのスポーツカーの課題といえるかもしれませんが、アバルト124スパイダーは運転していて(シフトフィール、ステアリング操作、ロードインフォーメーション、レブカウンターの動き、ダイレクトでリニアなエキゾーストサウンどなど)様々な器官から感じとる楽しさが魅力の大半を占め、そしてその楽しさはどうやっても助手席の人(特に女性)には伝わらないかもしれません。
単純に強烈な加速を楽しむタイプの車だとその「異常な速さ」は助手席の人と共有できますが、アバルト124スパイダーのように、アクセルペダルやブレーキペダル、ステアリングなどの操作に対しての反応を楽しむ、つまり「車との対話を楽しむ」タイプの車において、その楽しさはドライバー以外は知りようがない、ということですね(ある意味では助手席の人は”蚊帳の外”)。
よって休日の朝にオッサンが一人で山を走ってニヤけるというタイプの車ですが、アバルトというブランドを考えると「これでいいのだ」と思います。
アバルト124スパイダーの価格は388万円ですがマツダ・ロードスターに対してターボエンジン(ECUチューンで簡単にパワーアップ可能)、ビルシュタイン製サスペンションキット、ブレンボ製ブレーキキット、機械式LSD、アバルト・レーシングシートが装備され、リアパーキングセンサー、リアカメラが装備されることを考えると結構お得かもしれません。
なお製造はマツダなので欧州へ入ると現地にとっては「輸入車」扱いとなり、欧州では500万円くらいする車が日本では388万円で買える、というのも相対的割安感がありますね。
マツダ・ロードスターを購入してちょっとチューンしても数十万円は必要となり、しかしチューニング費用は売却時には加味されず、しかしアバルト124ロードスターだと売却時にそれらは「車両本体価格に含まれる」ので考慮されることに(あくまでも中古相場は人気に左右されるので今後の状況を見ないとわかりませんが)。
加えてサスペンションやブレーキを交換すると工賃がかなり割高になり、最初から車体に装着される124スパイダーの方がやはりいいんじゃないかというところ。
さらにはマツダ・ロードスターのパワーを上げようと思うと大変なことですが、アバルト124スパイダーだとポンと馬力も上がります。
「マツダ・ロードスターを購入してもノーマルで乗るから」と考えていても(楽しい車なので)すぐにいじりたくなってしまいチューニング地獄にはまったり、オフ会に参加してカスタムしたロードスターを見るとついつい自分もいじりたくなるのは目に見えており(そのためマツダ・ロードスターは意外とお金がかかる。カスタムパーツも豊富)、であれば最初から「ほぼ全部入り」でポテンシャルの高いアバルト124ロードスターの方が良さそうではありますね。
レザーシート、ナビゲーションパッケージの含まれるセットオプション216,000円、レコードモンツァ(ハイパフォーマンスエキゾーストシステム)162,000円、ミラーカバー(レッド)7,560円、トーイングフックキャップ(レッド)1,512円、フロントエアダムカバー(レッド)8,640円は最低限必要と考えており、あとは必要に応じてアルカンターラ製の内装パーツなどを装着したいところです。
なお製造のみならず「開発」もマツダと伝えられますが、このアバルト124スパイダーに試乗して思ったのは「なんだマツダ、やればできるんじゃないか」ということ。
ただ、「マツダブランド」で400万円のコンパクトオープンカーを作ってもおそらく誰も買わないんじゃないかと思われ、しかしアバルトだとそれも可能に。
そう考えると、このアバルト124スパイダーのほうが「マツダにとって本当に作りたかった」車なんじゃないかとも思えてくるのが不思議で、マツダが将来的に「400万円のロードスター」を売れるようにするためにはまだまだマツダのブランド力向上が必要だろう、と感じた次第です。
最後になりましたが、アバルト124スパイダーを試乗させていただいたフィアット・アルファロメオ/アバルト北大阪さんにはお礼申し上げます。
試乗記について
ランボルギーニ、AMG、アルファロメオ、VW、ジャガー、ベントレー、ルノー、ミニ、フェラーリ、マクラーレン、テスラ、レンジローバー、スズキ、トヨタ、マツダ、スバル、ホンダ、レクサス、メルセデス・ベンツ、BMWなどこれまで試乗してきた車のインプレッション、評価はこちらにまとめています。