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こんな車もあったのか・・・。「ブガッティ・ヴェイロン開発のため」VWが極秘に改造した「W16エンジンを搭載するランボルギーニ ディアブロ」の存在が明らかに

こんな車もあったのか・・・。「ブガッティ・ヴェイロン開発のため」VWが極秘に改造した「W16エンジンを搭載するランボルギーニ ディアブロ」の存在が明らかに

| まさかこんな改造が施されたランボルギーニ・ディアブロが存在しようとは |

この記事の要点(30秒チェック)

  • 伝説のテストミュール: ブガッティ・ヴェイロン完成前、VWはランボルギーニ・ディアブロを「実験台」に選んだ
  • 規格外のパワーユニット: 8.0L W16クワッドターボエンジンを、ディアブロの細身なボディに強引に搭載
  • ピエヒの執念: 「1000馬力、最高速400km/h」という無理難題を実現するための、妥協なき開発の足跡

ブガッティはヴェイロンへの敬意を表現した「FKPオマージュ」を発表していますが、それと前後して続々明らかになっているのが「ヴェイロンの開発秘話」。

そして今回は当時のフォルクスワーゲングループが「ヴェイロン」を開発する際、その核となるW16エンジンを押し込んだランボルギーニ・ディアプロの存在が明らかに。

なぜディアブロだったのか?VWグループの「狂気」の開発史

1990年代後半、フォルクスワーゲン・グループの頂点に君臨していたフェルディナント・ピエヒ氏は、自動車史を塗り替える「W型エンジン」の構想に憑りつかれていたことで知られます。

同氏はとにかく「パワフルな大排気量エンジン」を好む傾向があり、それはフォルクスワーゲンブランドから「V12エンジンを搭載した」フェートンを発売したことからも伺うことが可能です(さらにそのフェートンがほぼ売れていなかったにもかかわらず、14年も販売され続けたことはさらなる驚きである)。

VW史上最大の「謎」、フェートンには2代目が開発されていた!なぜ6リッターW12エンジンを積み、全然売れなかったのに14年も販売されたのか・・・
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| 当時のフォルクスワーゲン会長は絶大な権力を持ち、そしてとにかく大きくパワフルなクルマが好きだった | そしてその退任とともにフェートンは販売終了に さて、フォルクスワーゲンは2002年に「フェート ...

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Image:Bugatti

そして同氏の指揮のもとでフォルクスワーゲンは1997年に「V12コンセプト」を発表し・・・。

VWは過去にミドシップスーパーカー「W12コンセプト」を作っていた!3年も開発を続け、7つの世界記録を更新したのになぜ発売されなかったのか?
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| おそらくはこの時期にランボルギーニ、ブガッティを傘下に収めたため、スーパースポーツ路線はそれらに担当させることにしたのだと思う | ただしW12エンジンそのものは「VWフェートン」に引き継がれる ...

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1999年には「ブガッティ W18/3シロン」なるコンセプトカーを発表するのですが、今回紹介する「W16 ディアブロ」はこの2台の間(はざま)に存在するクルマです。

フォルクスワーゲングループとランボルギーニ、そしてブガッティ

フェルディナント・ピエヒ氏はアウディに「5気筒エンジンとクワトロ」をもたらすという多大な功績を残していることで知られ、そのほか「ランボルギーニとブガッティをフォルクスワーゲングループに引き入れた」という実績も。

なお、ブガッティについては「自身の考える大パワー、大排気量ハイパーカー」を実現するにふさわしいブランドを探していたところ、「ブガッティ」しか見当たらなかったということから商標権の取得に動いていますが、ブガッティの商標権を獲得したのもランボルギーニの買収を行ったのも同じ「1998年」。

ポルシェ創業者一族、フェルディナント・ピエヒ氏が亡くなる。アウディ・クワトロ、ブガッティ・シロンなどVWグループの「顔」をつくり続けた豪傑

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ランボルギーニの買収を決定した理由はわからないものの、おそらくはランボルギーニの持つ「スーパーカーに関するノウハウ」を吸収したかったのだと思われ、実際に1998年にランボルギーニを買収した直後、フォルクスワーゲンのエンジニアたちはある大胆な行動に出ており、それは「開発中だった8.0L W16エンジンの実戦テストを行うため、ディアブロSVからV12エンジンを引き抜き、未完成のW16を叩き込んだ」ということ。

これが伝説のハイパーカー「ブガッティ・ヴェイロン」へと繋がる最初の咆哮であったわけですね。

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W16搭載ディアブロSVの詳細とスペック

かくして誕生したのがこの「ディアブロW16」ですが、この個体は一見すると普通のディアブロに見えるものの、その中身は全くの別物で、冷却効率を稼ぐため、リアセクションには通常モデルにはない追加のカットアウト(切り欠き)が施されており、その姿はまるで「ル・マン24時間レース」を戦い抜いたマシンのような荒々しさを放っています。

W16エンジン・プロトタイプの衝撃スペック

そしてヴェイロンに搭載される前の「荒削りな心臓部」のスペックは以下の通り。

項目詳細仕様(プロトタイプ時)
エンジン形式8.0L W型16気筒 クワッドターボ
最高出力約 1,000 PS (1,014 hp)
最大トルク1,250 Nm以上
ベース車両ランボルギーニ・ディアブロSV (後期型)
特徴リトラクタブルライト廃止後の固定ライトモデルを使用
冷却システムプロトタイプ専用の追加冷却ダクトをリアに増設

W18からW16へ。試行錯誤の末に生まれた「怪物」

参考までに、当初ピエヒ氏はW16よりもさらに気筒数が多い「18気筒(W18)」を構想していたことが知られ、実際に1999年のフランクフルトモーターショーで発表された「ブガッティ 18/3 シロン」には6.2L自然吸気W18エンジンが搭載されています。

こんなコンセプトカーもあった。ディアブロのシャシーを使用したブガッティW18/3シロン

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しかしながら最終的にブガッティが選んだのは、より「現実的(といっても異常ですが)」な8.0L W16 + 4ターボという構成で、この決定を下すための貴重なデータ収集を支えたのが、今回明らかになったディアブロのテストミュールだったということに。

受け継がれる16気筒のDNA

このW16エンジンは、その後ヴェイロン、そしてシロンへと受け継がれ、20年以上にわたりハイパーカー界の頂点に君臨し続けたほか、ベントレーのW12エンジンという「派生」も生み出しています。

  • W12の終焉: ベントレーのW12エンジンは2024年に生産終了
  • W16のフィナーレ: ブガッティ・ミストラルをもってW16はその役目を終える
  • 次世代へのバトン: 新型「トゥールビヨン」では、ついにW型からV16(V型16気筒)へと形式を変更。

豆知識:ピエヒ会長の「 envelope(封筒)」エピソード

参考までに、W型エンジンの構想は、ピエヒ氏が東京から大阪へ向かう新幹線の車中で封筒の裏に描いたスケッチから始まったと言われています。

その落書きレベルのアイデアが、イタリアの猛牛(ディアブロ)の心臓を借りてテストされ、世界最速の市販車を生んだという事実につき、"事実は小説よりも奇なり"を地で行くエピソードなのかもしれません。

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この「実験台」がなければヴェイロンは存在しなかった

ヴォルフスブルクの「アウトシュタット(Autostadt)」ミュージアムが公開したこのディアブロは、単なる「古い改造車」ではなく、それは、不可能を可能にしようとしたエンジニアたちの情熱と莫大な開発費を投じたVWグループの黄金時代の証にほかなりません。

なお、このミュージアムでは現在「ブガッティ展」が開催されており、そこでは様々な「ブガッティに関わる展示」がなされているそうですが、ここからは「さらなる秘密」が明かされることとなる可能性もありそうです。

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そしてこの博物館は「地理的に近いためか」フォルクスワーゲンに関わる様々な展示を行っており、フォルクスワーゲンブランドのみではなく、アウディ、ポルシェ、ランボルギーニなど様々なブランドのレアカーが「さりげなく」置かれているようですね。

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参照:edition_one_off, autostadt

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