
| 現在のブガッティは複雑な資本関係のもとに成り立っている |
はじめに:新鋭と老舗の異例なパワーバランスの行方
「世界で最も新鋭のハイパーカーメーカーの一つ」が、「最も歴史あるメーカーの一つ」と対峙しようとしているという報道がなされ、ハイパーカー業界へと激震が走ることに。
Bloomberg報じたところによると、ブガッティ・トゥールビヨンやリマック・ネヴェーラといった超高性能車を開発・生産する合弁会社、「ブガッティ・リマック」の最高経営責任者(CEO)であるメイト・リマック氏が、パートナーであるポルシェの保有する「ブガッティ・リマック」の株式を買い取る交渉を進めている、とのこと。
もしリマック・グループがブガッティを完全に傘下に収めれば、ブガッティはフォルクスワーゲン・グループ(VWAG)傘下で復活を遂げたそのルーツから「完全に」独立することになり、これはハイパーカー業界におけるパワーバランスの大きな転換点となる可能性を秘めています。
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1. 創業者の野望:50人に説明する手間を省きたい
シンガポールでのインタビューで、メイト・リマック氏(37歳)は、ポルシェの創業家であるフェルディナント・ポルシェ氏の子孫や、同氏の孫であるフェルディナント・ピエヒ氏の親族を含むポルシェの株主と、株式買い取りについて実際に話し合ってきたことを認めています。
「私はただ、長期的な意思決定を行い、長期的な投資を行い、50人に説明することなく、物事を別の方法で実行できるようにしたいのです」
— メイト・リマック氏(ブガッティ・リマック CEO)
現在の「ブガッティ・リマック」ではポルシェがその株式の45%を保有しており、そしてポルシェの親会社はフォルクスワーゲングループなので、ブガッティ・リマックが何かをしようとしたとき、そのCEOであるメイト・リマック氏はポルシェそしてフォルクスワーゲンの重役に説明を行って「了承を得る必要がある」ことを(以前に)語っていますが、つまるところ「そういった面倒なことをせずに、そして他人の意見に左右されること無く、自分がやりたいことを実現したい(自身でコントロールできる範囲を最大化したい)」ということなのだと思われます。
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実際のところ、同氏は「トゥールビヨン」の開発においても実際に模型を作って「なぜV16エンジンを開発せねばならないか」をポルシェそしてフォルクスワーゲングループの重役に説明しなくてはならなかったとコメントしており、さらにその前には「保守的な重役とは衝突するだろう」とも。
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リマックは「E30型BMW 3シリーズの改造(エレクトロモッド)からビジネスをスタートさせ」、その後に急速な評判確立と企業価値の向上を成し遂げていて、しかしその段階にてポルシェがリマックに投資を行っていたことから「ブガッティ・リマック」という合弁事業がスタートすることに。
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その一方、上述のように「ビジネスのスピードが遅く」、これはスピーディーな展開を求める(そして実際にそうしてきた)メイト・リマック氏にとっては許容できない事実なのかもしれません。
加えて、フォルクスワーゲングループは「たたでさえ」意思決定に時間がかかることも知られており、このままでは「変革の速度が速く、次々ライバルが登場する」ハイパーカー業界においてはビハインドを喫してしまうと同氏が考えるのは無理のないことだと思われます。
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2. ポルシェ側の「メリット」と買収の経済的背景
この株式売却は、ポルシェ側にとっても歓迎すべき取引となる可能性があります。
ポルシェの現状と戦略的な再編
ポルシェは現在、プレミアムブランドとプレステージブランドの境界線に立たされており、アウディなどとプラットフォームを共有するマカン・エレクトリックのようなEVモデルのブランド戦略に難しさを抱えており、加えて市場全体で高級EVへの需要の減速が見られ、販売減少にともなう製品計画の見直しや人員削減にもつながっています。
このような状況下において、ブガッティ・リマックの株式(45%)を売却することでまとまった資金を得ることは、ポルシェの財務健全化と電動化への集中を促進する上で理にかなっているというわけですね。
買収額と資金源
- Bloombergが報じたところによると、この合弁事業の価値は以前、約11億ドル(約1700億円)と評価されている
- ポルシェが保有する45%の株式は、この評価に基づくと約4億9500万ドル(約760億円)の価値があることに
- メイト・リマック氏は、この買収資金を匿名の一団の国際投資家やプライベートエクイティ、そして彼自身の資金で賄うとしている
3. ポルシェの関与は完全には終わらない
仮にリマック氏がブガッティ・リマックの株式を完全に買い取ったとしても、ポルシェとリマックとの関係が完全に断たれるわけではなく、というのもポルシェは現在、ブガッティ・リマックの大株主であり、技術・エンジニアリング企業でもあるリマック・グループ(合弁会社の55%を所有)の株式を22%保有しているから。
メイト・リマック氏自身は、リマック・グループ全体の筆頭株主として35%の株式を保持していますが、ポルシェは引き続き、このハイパーカーの未来を支える技術開発の中核企業において重要なステークホルダーであり続けることになります。
まだまだ今回の話の行方についてはわからないものの、ブガッティの伝統とリマックの電動化技術が融合した「ブガッティ・リマック」の今後の方向性は、メイト・リマックという若き創業者のビジョンによってさらに大胆かつ迅速に展開される可能性があり、そしてその可能性は消して低くはなく、ハイパーカー業界に大きな変革が起きる日も遠くはないのかもしれません。
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参照:Bloomberg