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ポルシェはひたすら「開発速度」の向上に注力。そのデータ駆動型開発戦略、そして成功に導く6つの秘密兵器とは?

ポルシェ

| ここ最近のポルシェは今までにないほど「コスト削減」に注力 |

この 記事のハイライト

  • データは新しい金脈: ポルシェ・エンジニアリングは「データ駆動型開発」を全面的に採用。これにより、新機能のパフォーマンス分析が迅速化し、特に複雑な機能の市場投入までの時間を劇的に短縮可能に
  • 開発サイクル全体を網羅する6つのツール: 車両のデータ記録から、クラウドへの転送、保存、分析、そして新ソフトウェアの車両への転送まで、開発サイクルの全工程をカバーするモジュラー式の統合ツール群を独自開発
  • 顧客へのメリット: これらのツールを最大限に活用することでポルシェ本体のみではなく、外部の産業顧客(サプライヤー含む)も開発サイクルの大幅な短縮という恩恵を受けられる。ツールはモジュラー式で、個別のニーズに合わせて柔軟に導入も可能

ポルシェの「こだわり」はコストに直結

ポルシェは「とんでもなくこだわったクルマ」を作る自動車メーカーではありますが、その「こだわり」はコストとなって企業を圧迫し、そして車両の価格にも反映されます。

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実際のところ80年代には「製造コストのあまりの高さ」に倒産寸前まで追い込まれており、この時にポルシェを救ったのがトヨタ式の生産方式(TPS)。

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これによってポルシェは「製品へのこだわりを失うことなく」製造現場の効率化を進めることで収益性を確保していますが、ここ最近報じられる苦境によって今度は「開発現場」「開発体制」を効率化する必要に迫られており、そこでポルシェは様々な開発の効率化に取り組んでいることがアナウンスされています。

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なお、この「開発の効率化」について、依然から重要視されていたものの、この3年ほどで「急務」として自動車メーカー各社に認識されることが多くなり、その原因は御存知の通りの「チャイナスピード」。

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欧州の自動車メーカーが「3年から5年」かけて新車を開発するのに対し、中国の自動車メーカーは2年以内で新型車を市販することができ、これによって欧州勢は「市場の展開速度について行けず」、そして開発期間の長さや手法の複雑さに起因して「開発コストが嵩んでしまい」、あらゆる面において中国の製品に対向できなくなってしまったわけですね。

ポルシェ
ポルシェは1986年、こうやって911や928を作っていた。この生産効率の悪さ故にポルシェは経営危機に陥り、後にトヨタ出身者を招いて「カイゼン」を行うことに【動画】

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そしてこういった状況を打開すべく、ステランティスやフォルクスワーゲングループは中国企業との提携を強化し、フォルクスワーゲンやアウディ(AUDI)ブランドからは、中国の開発手法やテクノロジーを使用した「新種」が登場しているというのが現在の状況です。

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ポルシェにおいては今のところ「中国専売車種」の計画はないとされるものの、ドイツ国外では「初」とされる研究開発施設を中国にオープンさせるなど”中国から学ぶ”姿勢が強まっており、これは1980年代に「トヨタから学んだ」以来の大きな変化かもしれません。

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ここでは、そういったポルシェの「新しい考え方を取り入れた」開発手法を見てみましょう。

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ポルシェ911のラインアップは現在18種。これにらに限定モデルやオプション装着車両、さらにはレーシングカーまでもが同じ工場のラインで生産中。一体ポルシェはどうやってこれを成し遂げたのか?

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自動車開発の常識を覆す。ポルシェ・エンジニアリングのデータ駆動型戦略

「データは新しい金脈である」という言葉は、特に車両開発の分野において、現実味を増しています。

自動車の機能が複雑化する現代において、データ分析に基づいた「データ駆動型開発」は、新機能の性能を迅速に把握し、問題点を早期に特定するための不可欠な要素となりました。

ポルシェ・エンジニアリング(Porsche Engineering)は、このデータ駆動型開発を開発サイクルの隅々にまで組み込み、特に複雑な車両機能について市場投入までの時間を劇的に短縮しすることに成功していますが、今回はポルシェ・エンジニアリングが独自に開発した、開発の全工程をシームレスに繋ぐ6つのモジュラーツールのうち代表的なものに焦点を当て、この革新的なアプローチが、いかにして自動車開発の成功を支えているのかを探ります。

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成功の鍵:開発サイクル全体をカバーするモジュラーツール群

ポルシェ・エンジニアリングがデータ駆動型開発のメリットを最大限に引き出すために重視しているのが、「途切れのないツールチェーン」。

開発、テスト、量産の全段階で必要な機能を提供するため、以下の6つのツールで構成される統合モジュラーセットが開発され、このツールチェーンはモジュラー構造を持っているため、開発プロセス全体を通じ、特定の開発段階だにけツールを利用することも、車両のライフサイクル全体を通してエンド・ツー・エンドで利用することも可能です。

【スペック】ポルシェ・エンジニアリングの6つの秘密兵器

ツール名略称機能と役割開発フェーズ
自動測定データ評価ツールAMDA V2測定データを車両内で自動評価し、クラウド転送量を削減。客観的な機能評価を可能にする。初期開発
ポルシェ・エンジニアリング・データ収集装置PEDG量産車に組み込み可能なデータロガー。無線(OTA)で設定変更し、量産車両から自動でデータを収集する。後期開発、量産
LLMサービスプラットフォームSALLYADAS開発の知識を持つデジタルアシスタント。自然言語でのコード生成、修正、ドキュメント作成を支援し、開発を加速する。ソフトウェア開発
ComBoxアプリ-テストドライバー向けのデジタルアシスタント。スマートフォン上で動作し、車両データをクラウドに送信。シーン認識などのAI前処理も行う。テストドライブ
PE IoTエッジプラットフォームPEvIoT車両搭載PCで動作し、5Gなどを介して測定機器やツールをクラウドから管理。データ転送とツール更新を自動化する。接続、ツール管理
ポルシェ・エンジニアリング・データハブPEDHクラウド上のデータレイク。PEvIoTから転送された全データを一元管理し、メタデータによる効率的な検索・分析を可能にする。データストレージ、分析
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Image:Porsche

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各ツールの詳細:データ分析と開発の加速

1. AMDA V2: 現場での即時フィードバック

AMDA V2は、テスト車両のデータバスにアクセスし、走行中にリアルタイムで関連信号を分析するもの。例えば、割り込みなどの特定の運転シナリオを検出し、その際にアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)が適切に反応したかをKPI(重要業績評価指標)に基づき客観的に評価します。

  • ポイント: 膨大なデータをクラウドに転送して評価する手間を省き、開発コストと時間を大幅に削減
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2. PEDG: 量産車からの「声」を収集

PEDGは、AMDA V2と異なり、既存の量産制御ユニットに組み込み可能なデータコレクター。量産開始後も使用されることが想定されており、ワークショップに行くことなく、無線(OTA)で設定を変更し、フリート車両(一般に販売された車)から必要なデータを自動で収集できます。

  • ポイント: 実世界のユースケースのデータを物理的なアクセスなしに取得できるため、量産後の機能改善や緊急対応の迅速化に不可欠

3. SALLY: ADAS開発のためのAIアシスタント

SALLYは、ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)プラットフォームですが、先進運転支援システム(ADAS)開発に関するドメイン知識に特化しています。

  • 役割: 開発者が自然言語でプロンプトを入力することで、コードスニペットの作成、コードの修正、既存コードからのドキュメント生成など、ソフトウェア開発を直接支援
  • 開発の加速: トラブルシューティングやテスト車両へのインストールにかかる時間を大幅に削減し、新ADAS機能の市場投入を加速
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結論:経験と内製化が生む競争優位性

ポルシェ・エンジニアリングのダニエル・シューマッハ氏が語るのは、「私たちのツールには、ポルシェ・エンジニアリングにおける長年の車両開発で培われた経験が組み込まれています」。

このツールチェーンは、完全に自社内で開発されたため、市場の変化に迅速に対応し、カスタムフィットしたツールを最適なタイミングで導入することが可能だといい、データ駆動型の開発は単に効率化を図るだけでなく、「安全性の向上」や「顧客体験の改善」に直結する次世代機能(特にADAS)を、競争力のあるスピードで市場に送り出すための不可欠な Building Block(構成要素)ということに。

この包括的なツール群によって、ポルシェは「時間」という最大の価値をコントロールできるようになったと考えていいのかもしれません。

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参照:Porsche

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