| 他の自動車メーカーがテスラと同じことをしたとしても、結局それは表層だけのことでしかない |
何もないところから始めたテスラと、すでに環境ができあがっている既存自動車メーカーとでは事情がまったく異なる
さて、「フォードはテスラになろうとしたものの、それは叶わぬ夢であり、結果的に高い代償を支払う羽目になった」という内容がブルームバーグにて紹介されています。
これによると、フォードは電気自動車(EV)市場への参入に際してテスラが採用した”脚本”をそのままコピーし、テスラになろうと懸命に努力したものの、成功どころかむしろ逆の結果を招いてしまったと解説。
なお、テスラの脚本というのは「EVはどうやっても高くなるものだから、高くても買うという人向けにニッチなEVスポーツカーを作って販売し、それで得たお金でもっと一般の人が買うEVを作り、さらに稼いだお金で大規模生産システムを作り上げ、安価なEVを大量に生産してより多くの人に販売する」「その量産過程にて生産コストを引き下げ、安価なEVを販売しても十分な利益を出せるようにする」というもので、第一次マスタープランにも記載されていることで知られるとおりです。
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フォードはその脚本を「アレンジ」してみたものの
そしてフォードはテスラの脚本を取り入れることになるわけですが、そこでは「若干のアレンジ」が加えられています。
というのも、テスラをターゲットとしたほかの多くの企業(ポルシェ、BMW、メルセデス・ベンツ、さらには中国の多くの新興EVメーカー)が最初のEVとして「セダン(もちろんモデルSを狙い撃ちしたものである)を選んだのとは異なり、自身の強みを活かせる「マスタングのEV版(マッハE)」「ナンバーワンのシェアを持つピックアップトラックのEV版(F-150ライトニング)」を武器として選んでおり、これは非常に高く評価できる部分かもしれません。
ただ、「生産台数を増やしてコストを引き下げる」というところはテスラの脚本と共通していて、フォードはつい先日、F-150ライトニングの価格を最大で16.6%引き下げると発表し、それによって販売台数を(3倍に)増加させることを目論んでいます。
フォードは価格引き下げの口実として「拡販のために値下げする」とは発表しておらず、公式には「コロナ禍が一段落してサプライチェーンが落ち着き、素材などの仕入れ価格が下がったこと、そしてフォードの努力によってバッテリーなどの調達コストが下がったこと」が値下げの理由だと発表していて、これはおそらく株主対策だと思われ、つまり「拡販のため」だと公表すると「売れていない」という印象を持たれかねず、よってここには言及しなかったのだと思われますが、実際の株式市場ではフォードの思惑とは異なる受け取られ方をされたようで、「売れてない」「値下げは利益を失うだけ」だと解釈されてしまうことに。
結果としてフォードの株価は5.9%下落してここ5ヶ月で最大の下げ幅となり、なんと1日で36億ドルの時価総額を失っています。
フォードはテスラの「成功シナリオ」をなぞりたかったが
つまるところ、テスラが「値下げを行い、それによって販売が大きく伸び(同時に生産コストが下がって利益も伸び)、その結果として株価が(今年だけで)2倍以上になった」という状況をフォードは再現しようと考え、株主たちもそれを理解してくれると予想していたものの、現実として株価が暴落してしまった、というのが今回の顛末です。※とくに米国企業のCEOは株価に対する責任が強く、株価が評価に含まれるため、あの手この手で株価を上げようとするが、これが裏目に出た
株主がフォードの思惑通りに行動しなかった理由はいくつか考えられ、フォードがF-150ライトニングの値下げを発表したのが「テスラがサイバートラックの生産開始を発表した直後」であったこと、米EVスタートアップであるリビアンがR1T(電動ピックアップトラック)の生産を拡大したと発表して間もない時期に行われたことから「焦りが見える」と判断されたのかもしれませんし、その少し前に行われた「EVが売れず、フォルクスワーゲンが工場の生産を一部休止する」と発表したことが記憶に新しかったのかもしれません。
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さらにはテスラの値下げに追随した自動車メーカーで「テスラのように販売を伸ばした自動車メーカーはなく」、たとえば中国のNIO(かつてはテスラの最有力ライバルだと見なされた)は、値下げによって利益を失っただけとなり損失が拡大したという事実を正しく解釈していたのかもしれません。
つまりは「どの自動車メーカーも、テスラのようになろうとし、テスラの真似をするが、今のところそれで成功した自動車メーカーは1社もなく」、フォードの株主は「フォードがテスラになることはできない」と判断したのだと思われます。
参考までにですが、テスラが自動車業界へと新しく持ち込み、結果としてスタンダードになった手法は枚挙に暇がなく、「上層部によるツイッター経由での情報発信」「カジュアルな経営者アピール」「なんとかデイという投資家向けイベントの開催」「ギガプレス」「OTA(無線アップデート)」「大胆な値下げ」などなど。
ただ、こういった戦術はテスラがマスタープランとして創業時から考えていた計画で、かつ何年もかけて着実に実行してきたものであって、他の会社が見様見真似で取り入れることができるものではなく、へたに真似をするとフォードのように「手痛いしっぺ返しをくらってしまう」ことになるのかもしれませんね。※そのため、他社がテスラの真似をすればするほど、むしろテスラの優位性が際立つ結果となっている
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参照:Bloomberg