
| 退屈な長距離ドライブを救ったイノベーション |
ことの発端はアメリカで施行された「速度制限」
1970年代、ニクソン大統領によって署名された「緊急高速道路エネルギー節約法」によって時速55マイル(約88km/h)という制限速度が課せられ、テキサスや大平原に広がる長く平坦な道を”延々と”この速度で走ることはドライバーにとって忍耐力と右足の耐久性が試される退屈な作業であったといいますが、しかし、この問題に対してメルセデス・ベンツが提示した解決策が「クルーズコントロール」。
同社の新しいクルーズコントロールシステムは、ドライバーが一定速度を設定するだけで、あとはクルマに速度を任せることが可能になり、長距離ドライブのあり方を一変させることとなったわけですね。
ここで今回、この画期的なイノベーションの物語を見てみましょう。
クルーズコントロールが「主流」になるまで
1975年9月、メルセデス・ベンツは、新型「450 SEL 6.9」をはじめとする一部の車両に、独自のクルーズコントロールシステムを搭載しましたが、この概念自体はまったく新しいものではなく、1950年代後半にクライスラーが「オートパイロット」として同様のシステムを提供しており、しかしメルセデス・ベンツがその技術を完成させたのが近代における「クルーズコントロール」。
Image:Mercedes-Benz
これにより、ドライバーはテキサス州のヴァン・ホーンとフォート・ストックトンの間にある「直線で80マイル(約128km)も続く高速道路」を走行する際、常にアクセルを一定に踏み続ける必要がなくなり、気づかないうちに速度超過してしまう心配もなくなったわけですね。
そしてドライバーはアクセルを踏む代わり、ステアリングコラムにあるシンプルなレバーを操作するだけでスムーズで安定したペースを設定できるようになり、高速道路での移動がこれまでよりはるかに楽になっています。
このシステムは、アクセルの周りに電気機械式のアクチュエーターを配置してコントロールユニットが設定速度とスピードメーターの値を比較し、必要に応じてアクセルの位置を調整するというものでしたが、当初、メルセデスはクルーズコントロールを、一部のSクラスやSLロードスター向けの豪華なオプション装備として位置づけていたものの、しかしこれは長距離移動をより快適にし、疲労を軽減するだけでなく、ガソリン代の節約という大きな副次的効果ももたらしたと言われます。
Image:Mercedes-Benz
時代を超えて進化するテクノロジー
メルセデス・ベンツがベースとしたのはアメリカ人発明家ラルフ・ティートー氏によるアイデアで、しかし同氏による初期のシステムは不正確であったといい、常に速度が上下することもあったようですが、メルセデス・ベンツはこれを改良し「緩やかな上り坂や下り坂でも設定速度を簡単に維持することが可能に」。
このスムーズさが長距離を走るドライバーの生活の質を向上させることに繋がったことは間違いなく、さらに1970年代はガソリン価格が高騰しており、燃費を向上させるあらゆる技術が歓迎された時代でもあったため、上述のように「大幅な燃費向上に繋がる」ことからメルセデス・ベンツはやがてクルーズコントロール技術をすべてのモデルに展開し、フラッグシップモデルだけの特別な機能ではなくなったというのが「クルーズコントロール普及」の流れです。
Image:Mercedes-Benz
クルーズコントロールは「重要な技術」として継続的に発展
そして1990年代後半には上述のシステムにレーダー技術が加わり、メルセデス・ベンツは「ディストロニック」というアダプティブ・クルーズコントロールを生み出します。
これは、先行車との安全な車間距離を自動で維持しながら速度を調整する画期的なシステムで、さらに「ディストロニック・プラス」は、渋滞時に完全に停止し、自動で再発進する機能までが装備されていますが、これが今日の「自動運転技術」にも繋がっていることは疑いようがなく、さらに現代の「アクティブ・ディスタンス・アシスト・ディストロニック」では、クルマがカーブや迫りくる制限速度、合流する交通を予測して、運転をより自動化できるように進化を遂げています。
クルーズコントロールが今も重要な理由
現在、クルーズコントロールを搭載していない車はほとんどなく、ファミリーSUVからコンパクトカーまで、様々な車両でアダプティブ・バージョンを見つけることが可能です。
この技術が長距離移動の意味を根本から変えた重要性は疑う余地がなく、ドライバーは目的地に到着した際に、より新鮮で、より集中力を維持し、そしてリラックスした状態を保つことができ、クルーズコントロールは運転に伴う肉体的・精神的な負担を軽減するのにも役立つわけですね(さらには速度超過違反からも救ってくれる)。
商業的な観点から見ても、クルーズコントロールはマーケッターの夢だとされた技術であり、メルセデス・ベンツにとって、このシステムを搭載した歴代Sクラスは、当時の新しい高速道路網を、他のどんな車よりも効果的に走破できることを意図して設計がなされていますが、こういった体験はメルセデス・ベンツオーナーに記憶され、共有されることによってメルセデス・ベンツの販売台数を押し上げるだけでなく、クルーズコントロールというアイデアを、すべての人々にとって「なくてはならないもの」として確立させたといっても過言ではないかもしれません。
さらにいうならば、メルセデス・ベンツはこうした革新を続けてきたからこそ(タクシーを発明し、最初にエアバッグを量産車に搭載したのもメルセデス・ベンツである)、メルセデス・ベンツを乗り継ぐファンが多いのだとも考えられます。
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まとめ:50年続くイノベーションのDNA
1975年9月、メルセデス・ベンツがクルーズコントロールシステムを発売したとき、それはアメリカ人の長距離ドライブに対する見方と方法に対して静かな革命を引き起こすこととなり、このシステムは単なる便利機能にとどまらず、いまでは直感的な操作性、シームレスな統合、そしてドライバーの完全な主導権を融合させることに成功しています。
そして、このシステムの登場は「米国高速道路がより直線的で長くなり、当局が速度を厳しく取り締まるようになった」「ガソリン価格の高騰によって優れた燃費性能が求められていた」というまさに完璧なタイミングで登場していますが、これが普及を後押ししたことも間違いないものと考えられます。
Image:Mercedes-Benz
あの質素なコンソールに取り付けられたレバーから50年間にわたる運転支援技術のイノベーションが生まれたと考えると感慨深いものがありますが、今日の適応型システムや予測型システムは、車間距離、速度、さらには車両の位置まで管理できるようになり、しかしそのDNAは「誕生したときのまま」。
メルセデス・ベンツ含むそれぞれの自動車メーカーは、単調な運転を車に任せつつ、ドライバーが常に完全な主導権を維持できるようにすることで、それぞれの旅をより簡単にすることを目指しており、50年を経た今もなお、1975年のメルセデス・ベンツのクルーズコントロールは「比較的シンプルでありながらも巧みに設計されたアイデアが、いかに移動のあり方を変えうるか」を示す素晴らしい例だといえそうです。
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参照:Mercedes-Benz, CARBUZZ