| スバルのデザイナーたちは、制約の多いスバルの中で、長い時間をかけて自分たちの存在意義を示し、ここまで来た |
一方、新サブブランド「ウィルダネス」の評判はすこぶる良いようだ
さて、スバルは新型WRXを発表したところですが、ネット上をを見るに、どうも批判的な意見が多い模様。
一方でぼくは新型WRXについて「これまでのスバルのセダンでは最高傑作」だと考えているものの、多くの人は「顔つきがレヴォーグと同じ」「ホイールハウスの樹脂製クラディングが安っぽい」「デザインに新鮮味がない」「これがスバルの新世代デザイン?」といった印象を抱いているようです。
なお、事前の予想では「エンジン出力が300馬力に届く」と言われていて、しかし実際には300馬力に届かず、先代モデルから「3馬力」しかアップしていないワケですが、それについてはほぼネガティブな意見はなく、多くの人が新型WRXに対して抱くのは「デザインに対する不満」であるように見受けられます。
もともとスバルのデザイナーは「どこをどうすればクルマが格好良くなるか」を理解している
新型スバルWRXは「ヴィジヴ・パフォーマンス・コンセプト」を市販化したものだと考えられますが、そのヴィジヴ・パフォーマンス・コンセプトはこういったクルマ。
こちらについては世界共通にて好意的な意見が多く、つまり多くの人が「カッコいい」と認めているわけですね。
その理由はいくつかあると思われ、コンパクトなヘッドライト、張り出した前後フェンダー、ドアハンドルやドアミラーといった「デザインを阻害する」構造物の排除、クーペ風のルーフラインに加えて低いルーフとコンパクトなキャビン、大きなタイヤ/ホイールにロダウン+ツライチといったところがその代表的な例かもしれません。
ただ、これらは実際に発売する際には安全性や法規、居住性、実用性の観点から調整が行われ、それによって「普通のクルマ」になってしまいます。
これは、たとえば仕事上で、自分が素晴らしい企画を考えたとして、会議にかけると様々な意見が出てきて、それらを取り入れた結果、当初自分が考えたものとはぜんぜん違う形で世に送り出すことになり、そして「日和った中途半端な製品」の失敗の原因が全部自分に押し付けられることに似ているかもしれません。
なお、スバルは過去の例を見ても「そういったことが多い」会社であり、コンセプトカーは素晴らしいのに、市販されたクルマはあまりにダサいといった例が過去になんどもあるわけですね。
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逆に考えると、それだけ「劣化の余地がある」ということはもともとのデザインが非常に優れていたということの証左であり、ということは「スバルのデザイナーは腕が立つ」と考えてよいかと思います。
スバルは現在「ダイナミック&ソリッド」というデザイン言語を持ち、これは読んで字のごとくではありますが、ぼくの印象としては「塊感のあるボディの中に、大作りでエッジの効いたパーツを”目立たせるよう”組み込んだ」というもの。
現在では多くの自動車メーカーが、「各パーツを目立たないように、小ぶりにしたり、フラッシュマウントしたり」という方向を採用するのとはまったく逆のディレクションを持っていて、これは業界的にかなり珍しい傾向だとも考えています(グリルを強調するメーカーは多数あるものの、スバルはそれ以外のパーツやディティールにも個性と共通性をもたせている)。
スバルは「新しいことに挑戦できない、利益が確約(証明)されていることにしかチャレンジできない」風潮があるようだ
今回の新型WRX市販化にあたっても、スバルのデザイナーは「上層部から、コスト面、実用面、法規的な理由にて劣化の指示(デザイン劣化が目的ではないけれど)」を受けることになったのは想像に難くなく、しかしスバルはこの40年ほど、「新しいことをしてはいけない(融資を受けている日本興業銀行から代々社長が天下ってきていること、そしてその方針から)」会社であり、しかしスバルの中にもアツい志を持つエンジニアやデザイナーたちがいて、「制約の中でなんとか最善のモノを作ろうとしてきた」会社。
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よって、スバルのデザイナーたちは、自身の考えをまずコンセプトカーとして世に示し(この場合はヴィジヴ・パフォーマンス・コンセプト)、そのポジティブな反応をもって会社に対し「新しいことをやる」ためのエクスキューズとしているのだと思われ、しかし一方「会社として変わらない部分」があるのもまた事実であり、よって「劣化指示」はあらかじめ織り込み済みなのかも(デザインの重要性を主張しつつも、こういった指示が出るだろう、ということが経験上理解できている)。
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そして今回の新型WRXについても、ヴィジヴ・パフォーマンス・コンセプトからの劣化が見られはするものの、これまでのモデルに比較しても劣化の度合いが比較的小さく、その意味でもスバルのデザイナーは「かなり頑張ったんじゃないか」「やりたいことができる下地ができつつあるんじゃないか」と考えているわけですね。
なお、スバルのデザイナーが「頑張ることができた」、つまり自分たちの想いをこれまでよりも多く実現できたであろう理由については、新型レヴォーグの市場での反応が非常に良かったこと、そして「デザインが販売を大きく左右する」ということを自分たちの努力によって示し、多少なりとも上層部の考え方が変わってきたからなのかもしれません。
ただしスバルは「デザイン」をおざなりにしてきたわけではない
ただ、スバルはデザインを軽視してきたわけではなく、過去にはアルファロメオやBMWで活躍したアンドレアス・ザパティナス氏をチーフデザイナーとして雇い入れたことも。
もちろんこれは「デザインを良くすればクルマが売れる」と考えたからだと思われますが、うがった見方をすれば、「シャシーやトランスミッション、エンジンなど、クルマの根幹に関わる部分に投資できず、そこで他社との差別化ができないので、じゃあ見た目だけでも変えて”手っ取り早く”新しくなったことをアピールするか」という安直な認識があったのだとも考えられます。
実際のところ、2002年に同氏を獲得した後、スバルのデザインが変わったかというとそうではなく(スプリットウィンドウグリルは同氏のデザインかどうかが未だに議論が分かれる)、これはアンドレアス・ザパティナス氏の力量が足りなかったというわけではなく、当時のスバルの経営陣がデザイン実現のための投資を望まなかったからかもしれません。
つまり、アンドレアス・ザパティナス氏が「こういったデザインにしたい」と言っても、上層部が「あー、ダメダメ。そんなことすると、工場の設備変えないといけないでしょ?いくらかかると思ってんの?デザイナーなんだからさ、こうチャッチャと見た目だけ変えてカッコいいクルマ作れないの?そうしてよ」という反応を示したからだと思うんですよね。
実際のところ、同氏は2006年にスバルを去ることになりますが、あまりにデザインの自由度や実現性が(当時のスバルにおいて)低かったことに嫌気が差したのかもしれません。
新型スバルWRXのプロモーション動画はこちら
参照:SUBARU