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ヘンリー・フォードがT型フォード発売以降まで住んでいた家が売りに出される!フォード創業者はエジソンの会社で働き、その後に創業した1つ目の会社は2年で解散していた

投稿日:2022/06/22 更新日:

ヘンリー・フォードがT型フォード発売以降まで住んでいた家が売りに出される!フォード創業者はエジソンの会社で働き、その後に創業した1つ目の会社は2年で解散していた

| フォード創業者の人生は順風満帆ではなかったようだが |

それでも人類の歴史の中で、ほとんどの人よりは充実した人生を送ることができたのだと思う

さて、ヘンリー・フォードが住んでいたという家が約40年ぶりに売りに出される、との報道。

ヘンリー・フォードというと説明不要の「フォード創業者」であり、自動車を最初に大量生産したことでも知られる人物です。

ヘンリー・フォードは1863年に農業を営む父のもとに生まれますが、ヘンリー・フォード自身は農業を嫌っていて、父の遺志に反して機械工学の道に進むことになり、かのエジソンが設立した会社ではチーフエンジニアを努めたことも。

その後1896年に自動車を自作し、1899年には自身の会社(このときはデトロイト自動車会社)を興すこととなったわけですね。

その後のフォードはちょっとややこしい

ただ、そこからのフォードはちょっとややこしく、まず1901年には創業2年たらずでいきなり解散(販売がうまくゆかなかった)。

その後ヘンリー・フォードの技術力に未来を感じた投資家がヘンリー・フォードのため、同年に「ヘンリー・フォード・カンパニー」を設立するも、そこでのヘンリー・フォードの地位は一介のチーフエンジニアであり、さらに投資家は同じ技術者であるヘンリー・リーランドを連れてきたこと、そして出資者が目指したのは「高級車」、しかしヘンリー・フォードが目指したのは「大衆車」であったため、どうにも意見が合わずに退職し、1902年にフォード&マルコムソン社を出資者とともに設立し、1903年にはこれを母体としたフォード・モーター・カンパニーを設立することになります。

ちなみにですが、ヘンリー・フォードが退職したヘンリー・フォード・カンパニーは、後に「キャディラック」へと名を変え、後にヘンリー・リーランドはこのキャディラックをGMへと売却し、別途リンカーン・モーター・カンパニーを設立しています。

参考までに、「キャディラック」「リンカーン」ともに人物の名であり(キャディラックはフランス貴族の名、リンカーンはもちろんアメリカ合衆国大統領であるエイブラハム・リンカーン)、ヘンリー・リーランドはなぜか自分の名を(ヘンリー・フォードや、ほかの自動車会社設立者とは異なり)社名に冠したがらなかったようですね。

もう一つ参考までに、リンカーンは1922年にフォードに買収されており、ヘンリー・フォードの息子(二代目)であるエドセル・フォードが”高級車ブランド”として揺るぎない地位を獲得するまでに育てています。

フォード

フォード創業者は「自動車の普及」に努めた人物

なお、ヘンリー・フォードは上述の通り「大衆車」にこだわっており、自動車の普及に努めたということで自動車史においてかかせない人物のひとり(一般的な収入のアメリカ人にも自動車が買えるように尽力し、そのために考案したのが大量生産であった)。

ただし自動車を発明したのはカール・ベンツ(人類初の運転免許取得者でもある)で、この自動車とは1885年の「ベンツ・パテント・モトールヴァーゲン」。

よってカール・ベンツは自動車の生みの親、そしてヘンリー・フォードは自動車の育ての親だと表現されることもあるようです。

そしてフォードの二代目が高級ブランドであるリンカーンに注力したのは、「大衆車で成功した父」への反目があったとも(ただ、ぼくとしては、反目というよりも、父とは異なる方法で成功し、それを父や周囲に認めてもらいたかっただけだなんだと思う)。

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ヘンリー・フォードはこんな家に住んでいた

そして今回売りに出されているヘンリー・フォードが「かつて住んでいた」家につき、現在の所有者はジェラルドとマリリンとのミッチェル夫妻であり、今回介護施設に引っ越すつためにこの家を売却するのだそう。

この家は1908年にヘンリー・フォードによって建てられ、1915年まで住んでいたそうですが、1908年のT型フォード発売以降すっかりヘンリー・フォードは「アメリカの顔」として有名になってしまい、プライバシーを重視してディアボーンのフェアレーン邸へと引っ越すことに(仕事を求め、この家のドアをノックする人があとを絶たなかったという)。

この家を設計したのはクララ・フォードつまりヘンリー・フォード夫人ですが、このヘンリーとクララが結婚したのはヘンリー・フォードがエジソンの会社で電気技師だった頃であり(つまり成功する前)、苦心して自動車の試作を繰り返す夫を献身的に支えたと言われ、ヘンリー・フォードは成功した後にも「生まれ変わっても妻と一緒に暮らしたい」と語ったのは有名な話です。

そしてこの家は7200平方メートルもの広さを持ち、5つのベッドルームに4つのバスルーム、プライベートライブラリー、使用人の部屋、大きなキッチンに加えセカンドキッチンのある地下室も備わり、さらにはリビングルームつきの馬小屋も。

現在の所有者もまた「いい人」たちだった

現在の所有者であるミッチェル夫妻がこの家を購入したのは1985年だそうですが、購入以後は長い年月をかけて建物を修復し、可能な限り元の状態を保つことに務めたのだそう。

そしてミッチエル夫妻は「この家は私たちの家ではなく、フォードさんの家なのです。その家に私たちが住まわせてもらい、家のメンテナンスをしてきただけなのです」ともコメントしており、これまたいい夫婦に買われたということなりそうですね(室内や家の外観、庭を見ると、いかにこの家を大事にしていたかが伝わってくる)。

今回この家は97万5000ドル(日本円で1億3000万円くらい)で売りに出されることになりますが、再びいい人たちに買ってもらえることを願わんばかりです。

ちなみにこちらは当時のインターホン。

参照:Zillow

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  • この記事を書いた人

JUN

人生において戻せないもの、それは4つ。「失われた機会、過ぎ去った時間、放たれた矢、口から出た言葉」。とにかくチャレンジ、しかし紳士的にありたいと思います。

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