| ランボルギーニはこれまでに7回も親会社が変わり、その都度運命にも変化が生じている |
その中でもクライスラー時代には「他にない」動きがあったと言っていい
さて、ランボルギーニはフェルッチオ・ランボルギーニによって創業され、しかしその後に7回も親会社が変わったことが知られていますが、1987年から1993年の間にはクライスラー傘下にて様々な動きが見られています。
たとえばダッジ・バイパーの設計において重要な役割を果たしたという事実のほか、クライスラーの持つ小型車にランボルギーニの名を与えるバッジエンジニアリングを行おうとしたことも報じられていますね。
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信じられないが過去にはクライスラーの車を「ランボルギーニ仕様」にして発売するという計画があった!そのプロジェクトを再現したCGが話題に
| かつてランボルギーニはクライスラー傘下にあり、ダッジ・ヴァイパーの開発にも参加した | https://www.flickr.com/photos/110074903@N02/4980300887 ...
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なぜクライスラーはランボルギーニを買収したのか
なお、「なぜランボルギーニがクライスラーを買収したのか」については明確な理由は語られておらず、しかし当時「お金があって、そのお金で単に何かしたかったから(何かをできるんじゃないかと考えたから)」だとも言われています。
ランボルギーニを買収するちょっと前のクライスラーは「壊滅的状況」にあり、その理由は当時の景気後退や原油高の影響を受け、大きく燃費の悪いクルマばかりを作っていたクライスラーのクルマが売れなくなったから。
そこでクライスラーはコンパクトカー用として「Kプラットフォーム」「Kエンジン」なる一連のシリーズを開発し、これらを採用したFF車「K-Car」をヒットさせ、それによって大金を手にすることに成功するわけですね。
かくして金満状態になったクライスラーはランボルギーニを(わずか2,500万ドルで)買収することとなるわけですが、ここではディアブロが誕生したり、「4枚シザースドア」を採用するコンセプトカー、ポルトフィーノを発表したことも(これはぜひ実現してほしかった)。
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さらには上述のようにダッジ・バイパーの開発(主にパワートレーンと足回りであったと言われる)、ランボルギーニの名を冠したコンパクトカーの開発(幸いにもこれは実現していない)が計画されており、そして今回明らかになったのが「ランボルギーニのエンジンを搭載したダッジ・デイトナ」計画です。※下の画像は通常版のダッジ・デイトナ。日本ではクライスラー・デイトナとして1980年代後半に正規輸入がなされていた
このダッジ・デイトナもまた「K-Car」シリーズのうちの一台で、直4もしくはV6エンジンを搭載する経済的なクーペですが、このダッジ・デイトナの現役当時、ランボルギーニの製品プログラム・ゼネラルマネージャー、ジャック・スタヴァナ氏が「ハイエンドのエンジン出力アプリケーションを検討する」という 1 つの使命のもとクライスラーに招集され、ここでランボルギーニのV8エンジンを押し込んだ「ダッジ・デイトナ・ディセプツィオーネ」が誕生することとなるわけですね(画像については2−3枚しか残っていないらしい)。
伝えられるところによると、大きなホイールアーチにワイドボディ、3本スポークデザインを持つOZ製ホイールにワイドタイヤが装着されていたそうですが、そのほかにはボンネットスクープにランボルギーニのファイティングブルそして「Lamborghini V8」というデカールが貼られていた、とのこと。
このV8エンジンはランボルギーニ・ジャルパから移植されることとなるものの、ダッジ・デイトナは元来V8を積むようには設計されておらず、よって(V8エンジンの高さがもともとの車体の設計の許容範囲を遥かに超えていたため)エンジンベイを作り直すところからはじまり、当時開発に関わったバリー・ウィンフィネルド氏がカーメディアに語ったのは以下の通り。
ジャルパの4カムエンジンの高さは別の問題を引き起こしました。 まず、ツインバレルの42mmウェーバー製ダウンドラフトキャブレターが通常のデイトナのフードラインよりも突き出ています。 もう1つは、クランクシャフトがエンジンブロックの高い位置にあり、エンジンがトランスミッションに結合されているときに鋳造合金オイルパンが車のかなり下に位置することです。 これらの課題のひとつめは、ボンネットスクープを追加することで解決されましたが、2番目の課題は、サンプの一部が切り取られた後でも完全に解決されません。合金製オイルパンは依然としてデッキ近くにぶら下がっており、危険なため、それを保護するためにバッシュプレートを取り付けました。 クルマがコブや尾根に衝突すると、車体を通して室内に聞こえるような大きな衝撃が発生します。
このオイルパンは非常に低く、地面からわずか数センチの高さだったと言われていますが、このV8エンジンはゲトラグ製5速マニュアル・トランスミッションと組み合わされることになり、そして最も特別なのは、「ロータスによって開発され、K-Carプラットフォーム用に特別に設計されたビスカス カップリング式ディファレンシャルを備えた全輪駆動システム」。
つまりこのデイトナ・ディセプツィオーネは4WDを前提に設計されていたということになりますが、もともとのレイアウトではランボルギーニ製V8エンジンのパワーをコントロールすることが難しかったのかもしれません。
もちろんサスペンションもアップグレードされ、十分な性能テストができなかったと言われるものの「相当に高いポテンシャルを持つクルマ」であったことは間違いなく、しかし「V8エンジンに適合させるために必要な手間と追加のエンジニアリングコストがあまりに高かった」こと、「バイパーが同時期に発売される可能性が高まり、グループ内で2つもハイパフォーマンスカーをラインアップする必要性がなくなったこと」からこのデイトナ・ディセプツィオーネは”静かに、かつ速やかに”舞台から去ることとなったのだそう。
こういった経緯を見るに、クライスラーはランボルギーニの技術そしてブランドバリューを活用して新しい分野へと乗り出そうとしていたことがわかりますが、クライスラーがランボルギーニを保有していた期間を通じ、クライスラーとしてはバイパーの発売、そしてランボルギーニとしてはディアブロの発売にこぎつけたという成功例もあり、両社ともに一定の成果を挙げることができたと考えていいのかもしれません。
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参照:Jalopnik