
| 知られているようであまり知られていないのが「フェラーリとポルシェのエンブレムの「馬」は同じルーツを持つという事実である |
この記事の要点まとめ
- ポルシェの馬: 創業の地、ドイツ・シュトゥットガルト市の紋章がルーツ
- フェラーリの馬: イタリアの撃墜王フランチェスコ・バラッカが機体に描いた紋章がルーツ
- 意外な繋がり: バラッカが撃墜したドイツ機の紋章(シュトゥットガルト市)が起源という説が有力
- 共存の理由: 両ブランドがそれぞれの歴史に基づき、独自の象徴(モデナの黄色やシュトゥットガルトの紋章)を付加した
ポルシェとフェラーリ、どちらもエンブレムに「馬」を使用している
フェラーリが「イタリアの馬」ならばポルシェは「ドイツの馬」だとよく言われます。
ポルシェのエンブレムは非常にバランスが良く、そこに馬が潜んでいることに気づかない人もいるかもしれませんが、ポルシェのエンブレムの中央には誇らしげに馬がいななき、そしてポルシェ初のEV「タイカン」の名もまた「(古語で)若い馬」を表すと公式に説明されている通り、ポルシェにとって「馬」は非常に重要な意味を持っています。
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そこで多くの人が抱く疑問が「ポルシェとフェラーリ、なぜどちらも馬をモチーフにしたエンブレムを採用しているのか」「両方の馬は似すぎじゃないか」。
参考までに、フォード・マスタングも「馬」をエンブレムに用いるものの、こちらは「駆ける様子」を表現しており、ポルシェそしてフェラーリとはやや異なる趣です。
Image:Ford
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そこで今回は「フェラーリとポルシェ」、この2つのエンブレムにおける”単なる偶然では片付けられない、歴史の糸で結ばれた数奇な物語”を掘り下げ、なぜ世界最高のスポーツカーメーカー2社が同じ動物を旗印に掲げたのか。その真相を探ってみたいと思います。
それぞれのブランドが「馬」を選んだ理由
ポルシェとフェラーリのロゴは、デザイン戦略として作られたのではなく、それぞれの「歴史的瞬間」から誕生しています。
なお、ポルシェは市販車を発売して少しの間、じつは「エンブレムを持たず」、しかしアメリカのインポーターからの提案でエンブレムを考案することになった、と明かされていますね(それまでは車体に「PORSCHE」と記されていたのみであった)。
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ポルシェとフェラーリのロゴ(エンブレム)比較
| 項目 | ポルシェ(Porsche) | フェラーリ(Ferrari) |
| ルーツ | シュトゥットガルト市の紋章 | 撃墜王バラッカの機体マーク |
| 象徴するもの | 郷土愛・伝統 | 勇気・勝利の幸運 |
| 背景色 | シュトゥットガルトの盾(黒と赤) 黄金(豊かな収穫を表す) | カナリア・イエロー(モデナ市の象徴) |
| 向き / 形状 | 盾の中心に配置 | 左を向いた黒い跳ね馬(Cavallino Rampante) 「Ferrari」の文字からジャンプしているように配置 |
| 導入時期 | 1950年代初頭(356より) | 1923年(レース後、1947年より市販車へ) |
【歴史上のミステリー】2つの馬は、実は「同じ」だった?
それぞれのエンブレムの成り立ちにつき、ポルシェは「地元の紋章」、フェラーリは「撃墜王の遺志」という別々のストーリーとして語られており、一見すると接点がないようにも見える両者のエンブレムではありますが、いくつかの考察では、より複雑な背景が浮かび上がっています。
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撃墜王バラッカが馬を描いた「本当の理由」
イタリアの英雄的パイロット、フランチェスコ・バラッカ。
彼が自分の戦闘機に「跳ね馬」を描いたきっかけには、ある有力な説があり、それは、彼が撃墜したドイツ軍機のパイロットが「シュトゥットガルト市出身で、その期待にシュツットガルト市の紋章である馬が描かれていた」だったというもの。
もしこの説が正しければ、バラッカは敵の機体に描かれていた紋章を「戦利品」として自身の機体に投影し、巡り巡ってそれがエンツォ・フェラーリの手元に渡ったことになります。
つまり、フェラーリの馬も、元を辿ればポルシェと同じシュトゥットガルトの馬だった可能性があるわけですね。
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なお、フランチェスコ・バラッカの期待に「シュトゥットガルトの馬」が描かれていたことまでは「本当」だと考えられていますが、その由来については事実が確認できず、そしてそれがエンツォ・フェラーリの手にわたった経緯(一般的に知られるのはフランチェスコ・バラッカの母親経由でエンツォ・フェラーリに託された)についても「本当のところ」はナゾのまま。
ただしいま信じられている話としては、「フランチェスコ・バラッカの母親が、エンツォ・フェラーリの果敢な(レースでの)走りに感動し、息子が愛機に描いていた紋章を使用するに勧めた」というもので、これについてはエンツォ・フェラーリによる(ブランディング上の)創作だとする説もあるものの、そのドラマ性から多くの人に受け入れられています(ぼくもそう信じるうちの一人である)。※アブダビにあるフェラーリワールドでは、この説が「跳ね馬エンブレムの成り立ち」として説明されている
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なぜデザインが似ていても問題にならなかったのか?
これほど似たロゴを持ちながら、そしてエンブレムを採用下敷きが非常に近いながらも両者が衝突しなかった理由は、それぞれのロゴに「独自のアイデンティティ」を明確に加えたからだと考えられています。
- フェラーリの独自性:
エンツォ・フェラーリは、バラッカの黒い馬に、自身の故郷モデナ市の象徴である「カナリア・イエロー」を背景に加え、トップにイタリア国旗の三色を配置。これにより、「ドイツの馬」は「イタリアの勝利の象徴」へと完全に書き換えられる
- ポルシェの独自性:
ポルシェはシュトゥットガルト市の紋章そのものを盾の中に配置し、さらにヴュルテンベルク州のシンボルである赤と黒の縞模様、鹿の角を組み合わせる。これは「ブランドロゴ」というより、中世の騎士のような「紋章(クレスト)」としての性格を強く打ち出したものであった
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実は、このシュトゥットガルトの馬を使っているのはこの2社だけではなく、ドイツには「シュタインウィンター(Steinwinter)」という非常に珍しいトラックメーカーが存在し、彼らのエンブレムは、驚くほどフェラーリの跳ね馬にそっくりです(トレーラーの中央辺りにそのマークを確認できる)。
これもやはり、彼らがシュトゥットガルトを拠点にしていたために同じ市の紋章を引用したことが理由だとされており、「偶然の一致」であると考えられます。
結論|国境を越えて語り継がれる「勝利の象徴」
ポルシェとフェラーリ。
ドイツとイタリアを代表する両雄が、同じ馬を共有しているのは、模倣でも偶然でもなく、歴史という大きなうねりの中で一つのイメージが国境を越えて移動した結果です(ルイ・ヴィトンの”手裏剣モチーフ”のようなものかもしれない)。
ポルシェの馬は「伝統と誇り」を。フェラーリの馬は「勇気と幸運」を。
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このロマンこそが、ぼくらがこの2つのブランドに惹かれ続ける理由なのかもしれませんね。
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参照:Jalopnik

























