| ホープ自動車は三菱ではなく、スズキにこの全権利を売却した |
さて、米ドーナツメディアが「スズキ・ジムニーがアメリカで販売されないのは、フェイクニュースがジムニーの評判を落としたからだ」という動画を公開。
これを見ていると、ぼくの知らなかった数多くの事実が紹介されており、全編と後編に分けて紹介したいと思います。
ちなみにスズキは2012年にアメリカ市場から4輪ビジネスごと撤退していて、現在は二輪車とATV、船外機のみの販売となっています(4輪の補修用パーツは継続して販売されてる)。
なお、当時の現地法人”アメリカンスズキモーター(ASMC)”は1985年に設立され、しかし2009年以降業績が悪化し、2012年11月5日には米国倒産法第11条の適用を申請。
現在の米国法人は「Suzuki Motor of America, Inc.(SMAI)」として活動を行っています。
ジムニーの原型は「ホープ自動車 ホープスターON360」
動画ではジムニーのルーツにまでさかのぼっていますが、まずスズキ・ジムニーの原型は1967年にホープ自動車が発売した「ホープスターON360」であるということに触れています。※オフローダーなのになぜ「ON」なのかは不明
「不整地用万能車」として謳われ、ラダーフレームを採用することで高い悪路走行性を発揮しています。
もともとホープ自動車は「オート三輪」分野にて強みを発揮し、しかし技術力や生産設備不足から量産を行うことが難しく、1965年には一旦自動車生産から撤退(かなり早い段階でオート三輪に参入したという)。
その後は遊園地向けの遊具生産にて経営を安定させ、しかし捨てることができなかった自動車への夢を実現するために開発したのが日本初の軽四輪駆動車であるホープスターON型だとされています。
ちなみにホープ自動車はエンジンを自社で生産できず、搭載されていたのは三菱製のエンジン。
そして車体全体としての出来が芳しくなかったために販売面で苦戦することになり、最終的に「再び」自動車ビジネスからの撤退を決め、この製造権の売却先を模索することに。
まず声をかけたのは、エンジンの供給を受けていた三菱自動車で、しかし三菱自動車はこれに興味を示さず、その次に声をかけたのがスズキだそう。
当時の鈴木修会長がホープスターON型の権利一式を買い取ると決めたという記録が残っていますが、スズキはもともと「やらまいか(やってみよう)」というチャレンジ精神を持つ会社であり、このときの決断がそれ以降の社運を決したと言えるかもしれません。
なお、「やらまいか」とはトヨタ、スズキ創業者(ホンダも)出身の地である静岡県西部「遠州」の方言で、「やってやろう」「やってみよう」という意味を持つ言葉だとされています。
当時、ホープスターON型の権利を買い取ることに対しては社内から猛反発があったそうですが、これを押し切ってまで鈴木修会長が意思を貫いたのはまさに「英断」であったと言えますね。
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その後、ホープ自動車はスズキに対してホープスターON型の一切の権利を譲渡し、ホープ自動車(のちに株式会社ホープに社名変更)はその後も遊園地向けの遊具、さらにはゲーセンに置かれていたようなメダルゲームを製造することで生き延びるものの、そのごアミューズメントの主体がデジタルへと移行するにあたって売上が縮小し、2017年には特別清算手続きを終えています(つまり廃業)。
なお、もし三菱がホープスターの権利を買い取っていれば自動車の歴史が変わっていた可能性もありますが、三菱は1953年から「ジープ」のノックダウン生産を行っていたために4WDのノウハウがあり、当時ホープスターを「不要」だと考えたのは当然の判断だったのかもしれません(つまり、もし三菱がホープスターON型を買い取っていたと仮定しても、スズキに”ジムニー”が存在しなかったというだけなのかもしれない)。
そうやって誕生したのがスズキ・ジムニーということになり、しかしもちろんこれは単なる「バッジを付け替えただけ」ではなく、エンジンをスズキのFB型に載せ替えた他、生産効率向上、品質向上を目的に様々な改良を加えています。
なお、生産効率とコストについて、昔からスズキはかなり厳しく、かつ独特の手法を採用。
たとえば車両側面につけるバッジについても「歩行者側から見える方だけでいい」と片側のみにとどめていた時期があったり、クルマを安く作るために(他社が海外生産へと移行するのを尻目に)労働者を輸入するという逆転の発想を見せるなど様々なコスト削減策を講じていて、ぼくが「かなり面白い」と思える自動車メーカーの一つ。
スズキはトヨタやホンダに比較して規模が小さく(それでも軽が売れているので国内シェアは14%もある)、販売単価も低いため、「トヨタやホンダにとっての正論が、必ずしもスズキにとっての正論ではない」ということをよく理解している会社であり、そのために背伸びをせず、ムリをせず、自分が勝てる環境において最大限の競争力を発揮しようとしている会社である、という印象を受けます。
いわばニッチ市場の王者という印象ですが、ホープスターON型買取の例を見ても、鈴木修会長の影響力が大きいのでしょうね。
そして先見の明という点においては、ホープ自動車の「オート三輪」「軽四輪駆動車」という、当時は存在しなかったカテゴリに着目し、その先駆的存在となった部分は高く評価すべきで、しかし惜しむらくは実力が伴わなかったのは不運としかいいようがありません。
(後編へと続く)