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| 「ボクスター」発売時、その反応は”真っ二つ”であった |
ポルシェの歴史において、経営危機を救い、新たなロードスター像を確立した「ボクスター」。
1993年のデトロイトモーターショーで世界を驚愕させたそのコンセプトカーの誕生秘話と、現代まで続くデザインの真髄を紐解きます。
【この記事の3点まとめ】
- 運命を変えたデトロイト: 1993年、当初の予定を早めてデトロイトで初公開されたコンセプトカーは、専門家と大衆から圧倒的な支持を獲得した
- 「550スパイダー」の再来: デザインは1950年代の伝説「550スパイダー」や「718 RS 60」を彷彿とさせる、ミッドシップ・ロードスターの伝統を継承
- 異例の「そのまま作れ」命令: ショーでの熱狂を受け、経営陣は開発中の量産デザインを中止し、「コンセプトカーをそのまま市販化せよ」という異例の決断を下した
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始まりは「ボクサー」+「ロードスター」
ボクスターという名前は、ポルシェの技術的象徴である「ボクサー(水平対向)エンジン」と、屋根のない「ロードスター」を組み合わせた造語です。
1991年、当時デザイン部門で先行開発を担当していたグラント・ラーソン(のちのスペシャル・プロジェクト・ディレクター、2026年に引退)は、東京モーターショーでアウディ「アヴス・クワトロ」を目の当たりにし、ポルシェもまた強力な「ショーケース」が必要だと確信したのだそう。
これが、後にポルシェの救世主となるプロジェクトの始まりであると説明されています。
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36年の軌跡: ポルシェの夢を形作り続けたデザイナー、グラント・ラーソンが引退へ。ボクスター、カレラGTのデザインを手掛ける
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1993年デトロイト、戦略的な「賭け」
当初、コンセプトカーの発表は1993年春のジュネーブを予定していたそうですが(ポルシェの新型車は伝統的にジュネーブ、あるいはパリで公開されることが多かった)、しかし当時ポルシェの販売が苦戦していた米国市場、そしてマツダ・ミアータ(ロードスター)やBMW Z1などが勢いを持つロードスター市場を意識し、発表の場を1月のデトロイトへと変更することに。
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実際のところ、この変更は完璧な戦略として機能したといい、ラーソンによる2Dのスケッチ、そしてモデラーであるピーター・ミュラーによるフリーハンドの造形から生まれたボクスターはデトロイトの地で熱狂を巻き起こすこととなったわけですね。
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デザイン詳細:伝統と革新の融合
ボクスター・コンセプトには、ポルシェが培ってきたレーシングカーのDNAが随所に散りばめられており・・・。
主要なデザイン・スペック
| 項目 | コンセプトカーの特徴 | オマージュの源泉 |
| エンジン配置 | ミッドシップ(中央配置) | 550スパイダー, 718 RS 60 |
| リア形状 | 極めて短いオーバーハング | レーシング・スパイダーの伝統 |
| エキゾースト | センター配置のテールパイプ | 550スパイダー |
| 内装 | ボディ同色のメタルパネル | 1950年代の軽量スポーツカー |
| 灯火類 | 革新的な照明技術を導入 | 新世代ポルシェのアイデンティティ |
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ポルシェ・ボクスターは「なぜ911と同じ顔」で登場し、そもそもどういった経緯で企画され、ポルシェに何をもたらしたのか?
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コンセプトから量産へ、異例の直行便
通常、コンセプトカーと量産車は大きく異なるものですが、ボクスターの場合は「まったく違った結果」となっています。
デトロイトでの熱狂的な反応を見たポルシェ経営陣は、すでに進めていた量産型のデザイン開発を即座に停止。
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ポルシェの維持費はどれくらいかかるのか?この20年で「ボクスター」「ケイマン」「911カレラ」「マカン」5台を所有し日常の足としてきたボクがその金額を語る
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そして「コンセプトカーと全く同じものを造れ」という、エンジニアにとっては過酷ながらもファンにとっては最高の指令が出されることとなり、こうして1996年、歴史に残る「986型ボクスター」が誕生したというわけですね。
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「そうだ、フロントにエンジンを積んでみよう」「911を生産中止から救った男」など、ポルシェ75年の歴史において転換期となった年、そして人物8選
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その後ボクスターは「ケイマン」という盟友を得たのちに「718」へと名称が変更され(これでポルシェのスポーツカーは数字3文字、4ドアモデルは名前を持つという図式ができあがった)、そして直近だと「ピュアEV化」が進行中。
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カレラGT誕生の裏側:ポルシェを救った「カイゼン」とトヨタ生産方式の衝撃、トヨタの助けがなければボクスターもカレラGTは誕生し得なかった?
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ただしBEV化については再考されているという報道もあり、残念ながら先行きは不透明な状況となっています。
しかしながら、ポルシェが追求し続ける「軽快な走りと美しいデザイン」の原点は30年以上前のあのデトロイトのステージにあることは間違いなく、いかなる形で電動化されようとも、さらには規制や環境変化の波にあおられようとも、ポルシェはそのDNAを守り続けるであろうと信じています。
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