
| フェラーリのスーパーカーは文字通り「伝統と革新」の象徴であり、その時代においての「フェラーリ」を体現している |
そしてフェラーリのスペシャルモデルは「全て並べてみて」はじめてその考え方を理解できるものである
さて、フェラーリは「(288)GTO」「F40」「F50」「エンツォフェラーリ」「ラフェラーリ」「F80」という6つの特別なモデルを発売しており、F80より前の5台を指して「ビッグ・ファイブ」、F80を含めて「ビッグ・シックス」と称されることも。
そしてフェラーリというと、ぼくらにとっては「どれもスーパーカー」であるようには思えますが、フェラーリ自身が自社のクルマをして「スーパーカー」と称するのはこの6台のみとなっています。
-
-
フェラーリF80は288GTO、F40、F50、エンツォフェラーリ、ラフェラーリと並び「ビッグシックス」として認知されるのか?そもそもフェラーリの”スペチアーレ”の意義とは
Image:Ferrari | フェラーリの「スペチアーレ」とはその時代のフェラーリを視覚的・構造的にあらわすものでなくてはならず、懐古的モデルであるべきではない | そして歴代「スペチアーレ」を並べ ...
続きを見る
フェラーリが「スーパーカー」の初期スケッチを公開
そこで今回、フェラーリが自社の公式SNSへとそれら「スーパーカー」の初期スケッチを公開しており、最初はどんなデザインとともに構想されていたのかを見てみましょう。
まずこちらはGTO(288GTO)。
もともとは(当時人気のあった)ラリー競技へと参加するためのホモロゲーションモデルとして企画されており、そのため内容としては「ほぼレーシングカー」。
よって「購入する人は限られるであろう」と思われたものの、実際に発売すると購入希望者が殺到し、ここでフェラーリは「限定モデルはビジネスとして成立する」と認識したのだと言われていますね。
発売は1984年、デザインはピニンファリーナによるものです。
-
-
「フェラーリをよく知らない人には、308GTBとよく間違えられます」。フェラーリが公式に288GTOについて語るコンテンツを公開
| フェラーリ288GTOの正式名称は単に「GTO」、「288GTO」は非公式なニックネーム | 新車販売当時から高額なプレミアとともに転売がなされていた さて、フェラーリが伝説の288GTOに関する ...
続きを見る
次は「F40」。
288GTOの反響をもって最初から「限定モデル」として企画されており、コンセプトは「そのままレースに出場できるロードカー」。
フェラーリの創業40周年記念という位置づけにて1987年に発売され、288GTOとの共通性が見られるクルマではありますが、初期スケッチを見ると「ちょっとレトロ」な感じもありますね。
-
-
フェラーリが自らF40を語る!「高級感など微塵も存在しません」「乗りこなすには昔ながらの技術と筋力が必要です」「極めて静粛性が低く乗り心地が硬いです」
| ここまで割り切った設計を持つスーパーカーは世界広しといえど他にないだろう | スーパーカー史上、フェラーリF40はもっともピュアでアナログな一台でもある さて、フェラーリF40は「もっとも象徴的な ...
続きを見る
実際に市販されたF40は「近代的に」なり、288GTO譲りの(フロントからリアに走る)水平のライン、スリットなどを引き継いでいますが、「NACAダクト」が初期スケッチの段階から採用されているのは注目すべき点です。
その後には「行動を走るF1」というコンセプトを持つ「F50」。
1995年に「フェラーリ創立50周年記念」として発売され、デザインはやはりピニンファリーナによるもので、しかし初期スケッチではF40に比較しずいぶん近代的なデザインを持っています。
サイドのブラックライン、NACAダクトといった特徴も引き継いでいますが、極端なウェッジシェイプをもっており、1989年にピニンファリーナが発表した「ミトス」の影響も見て取れますね。
-
-
こんなコンセプトカーもあった。初公開は東京、「フェラーリ・ミトス(1989)」
1989年の東京モーターショーでデビューした、「フェラーリ・ミトス」。 ベースはフェラーリ・テスタロッサとなり、そのためエンジンはV12/4.9リッター(390馬力)。 5速MTというのもテスタロッサ ...
続きを見る
実際に発売されたF50は初期スケッチとは大きく異なるもよう。
参考までに、ピニンファリーナは初期スケッチのうちいくつかを「ロッソ以外の」ボディカラーで描いてしまい、その際にエンツォ・フェラーリの息子であるピエロ・フェラーリが(ピニンファリーナに対し)「なぜフェラーリはロッソでなくてはならないか」と泣きながら説いたという話もあるようです。
-
-
公道を走るF1、フェラーリF50はどうやって誕生したのか?「限られたオーナーがF1体験をできること」「ロードカーの絶対的頂点に君臨すること」が目標として掲げられていた
| F50はフェラーリで最後の「マニュアル・トランスミッションを搭載する限定スーパーカー」である | おそらく今後、ここまで「割り切った」スーパーカー/ハイパーカーは登場しないであろう さて、フェラー ...
続きを見る
その次は創業55周年記念の「エンツォフェラーリ」。
デザインはピニンファリーナに在籍していたケン・オクヤマ氏(奥山清行)で、「インスピレーション元はガンダム」だと語られています。
-
-
フェラーリを設立し確固たるDNAを確立した男、エンツォ・フェラーリはどこでモータースポーツと出会い、どのようにして情熱を傾けるようになったのか【動画】
Ferrari / Youtube | エンツォ・フェラーリは常に技術の限界を追求し、それによって人間の能力を拡張しようとすることをやめなかった | そこには生い立ち、自身の興味、先見性など様々な要素 ...
続きを見る
なお、自身の著書「ムーンショット デザイン幸福論」においては、もともとのデザインが没となり、そこで急遽示したバックアップ案が(当時のフェラーリCEOであった)ルカ・ディ・モンテゼーモロ氏に採用されたという記述も。
実際の市販モデルも当初のデザイン案に近く、「サイドのブラックライン」「NACAダクト」といったこれまでのスペシャルモデルの特徴を備えないのも特筆すべき点ですね。
こちらは70周年記念という位置づけとなる「ラフェラーリ」の初期スケッチ。
車両デザインがピニンファリーナからフェラーリ自社へと移ったことがトピックで、未来志向が強いフラビオ・マンゾーニ氏の意向が強く反映されているものの、「サイドのブラックライン」が部分的に復活するなど過去モデルへのオマージュが盛り込まれていることも注目点。
実車は初期スケッチにかなり近く、加えてフラビオ・マンゾーニ氏がデザインしたコンセプトカー「テンソ」の影響も見られるように思います。
そして最後はフェラーリの最新スーパーカー「F80」。
F40へのオマージュが強く感じられるデザインを持ち、サイドウインドウの後ろにはNACAダクトを模した意匠が盛り込まれ、リアフードにはスリットも。
-
-
フェラーリF80は「近代のフェラーリの考え方を反映した技術上の頂点」。フェラーリはF430以降大きくそのあり方をシフトし、ロードカーにおいては常にこういった革新を行ってきた
Image:Ferrari | フェラーリは常に変化し続けており、ボクらはその考え方を理解し総合的にラインアップを捉える必要がある | 現時点でF80はフェラーリのロードカーの一つの到達点である さて ...
続きを見る
ほぼ初期スケッチ「そのまんま」のデザインで発売されているように見え、これはデザインプロセスの変化(コンセプトを練り込んでからデザインを行っているのかも)を示している可能性もありそうですね。
Image:Ferrari
合わせて読みたい、フェラーリ関連投稿
-
-
フェラーリF40の初期デザインスケッチは実際の市販車とは似ても似つかないスタイルだった。そのイメージは288GTO エボルツィオーネ、それがなぜ変更されたのかは謎である
Image:Ferrari | フェラーリF40は様々な意味において「特別」なクルマであった | 今見るとこのフェラーリF40の初期デザインスケッチは「レトロ」である さて、フェラーリが公式Faceb ...
続きを見る
-
-
フェラーリ288GTO / F40の生みの親、ニコラ・マテラッツィ氏が83歳で亡くなる。ランチア・ストラトス、ブガッティEB110の開発や生産にも関わった生粋のカーガイ
| またひとつ、巨星墜つ | 思えば1970-1980年代は「大御所」が活躍した時代であり、またその土壌があった フェラーリF40生みの親とも言われるイタリアのエンジニア、ニコラ・マテラッツィ氏が8月 ...
続きを見る
-
-
フェラーリ博物館(ムゼオ・フェラーリ・マラネッロ)へ行ってきた。入場から「スペチアーレの部屋」はこんな感じ【動画】
| フェラーリのスペチアーレは「それぞれ搭載されるエンジン」とともに展示される | フェラーリ博物館は入場待ちができるほどの大人気である さて、イタリアにて訪問してきたフェラーリ博物館の様子を紹介した ...
続きを見る