| いかにグループ全体の目標があり電動化を推進するにしても、この判断はあまりにリスクが大きい |
現時点ではポルシェはこの計画の見直しを考えていない
ポルシェは内燃エンジン搭載のスポーツカーを製造するメーカーとして最も愛され尊敬されている一方、電動化に対しても非常にオープンであることも周知されており、近年ではEVに多額の投資を行っています。
そして直近の自動車業界の状況に目を移すと、「EVの需要減退」「ユーロ7緩和などガソリン車延命」といった新たな動きも見られ、これによって多くの自動車メーカーが「ガソリンエンジンへのコスト再注入」「EVよりもハイブリッド、PHEV」といった路線へと方針を転換しつつあるという報道も。
ただしポルシェはこの状況においてもタイカンに続いてマカンEVを発売し、さらにはカイエンEV、718ボクスター / ケイマンEVの投入を相次ぎ行う姿勢を維持し、「(現在)その必要がないにもかかわらず、EVへと急速に軸足を移す」というスタンスを貫いているわけですね。
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ポルシェはEVへの取り組みを撤回せざるを得なくなるのか
上述の通り、昨今は急速なEV需要の低迷が顕著になっていますが、ここで出てくる疑問が「ポルシェも近い将来、ほかの自動車メーカーと同様に、EVへの取り組みを撤回せざるを得なくなるのだろうか」。
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しかしこの疑問について、ポルシェ取締役会メンバーであるアルブレヒト・ライモルド氏が明確に「その可能性はない」と否定しています。
同氏は「ポルシェがEVへの取り組みにおいて「アグレッシブすぎるのではないか」という指摘を否定し、911、カイエン、パナメーラなどのプラグインハイブリッドや内燃エンジン搭載モデルと並んでEVを製造するという決定に満足していると主張。
ポルシェにとってのベストセラーの一つが現行マカンですが、このマカンには「EV」が追加されており、アルブレヒト・ライモルド氏は「2026年に内燃機関を搭載するマカンの生産を終了させること」を改めて確認したうえで、「(ガソリン版マカンの)プラットフォームはサイクルの終わりを迎えた」とコメントしています。
なお、欧州においては、先週発効した一般安全規則(GSR2 / サーバーセキュリティ規則) によって718ケイマン / ボクスター、そしてマカンの販売が事実上できなくなっていて、さらに現行718ケイマン / ボクスターについては欧州以外の地域でも2025年半ばには生産が終了し、加えて今回のインタビューでは2026年には現行(ガソリン版)マカンが消滅するという決定が明らかになっています。
もちろんポルシェとしては、この規則にマッチするように718ケイマン / ボクスター、そしてマカンを改良することもできたはずですが、結果的には「改良よりも廃止を選択」しており、ポルシェの広報担当、オリバー・ヒルガー氏によると以下の通り。
この規制に対応するには、制御ユニットなどの技術的実装の調整だけでなく、基本的に開発段階のプロセスの変更も必要になります。たとえば、サイバーセキュリティに関する管理システムを開発し、認証する必要があるのです。サイバーセキュリティリスクの管理と文書化は、車両のライフサイクル全体にわたって追跡、構造化、および形式化されます。718シリーズの内燃機関モデルの開発時では、これらすべてを考慮に入れることができませんでした。これらが開発された当時は要件がまったく知られさておらず、適用可能でもなかったためです。よって、今からこの規制に対応するための改良を行うことは”不可能”です。
ポルシェはリスクの高い賭けに出る
しかし販売状況を見ると、ポルシェが「マカン、718ボクスター、718ケイマン」という3つの人気ガソリン車を段階的に廃止するという決定はリスクの高い賭けであることがわかります。
2023年、ポルシェは87,355台のマカンを納車し、718ボクスターとケイマンはあわせて20,518が出荷されていますが、ポルシェが同年に全モデル合計で320,221台の車両を販売したことを考えると、718シリーズとマカンの合計である107,873台はこの「3分の1以上」に相当するわけですね。
2024年上半期の数字もほぼ同じ比率を保っていて、ポルシェは39,167台のマカンを販売し、718ケイマンとボクスターは11,886台の納入を達成しており、6月までの全車種合計155,945台に対してマカン、718ボクスターとケイマンは再び販売量の約3分の1を占め、51,053台を記録しています。
そしてこれらの後継モデルは「ピュアエレクトリック」となり(マカンの場合は一定期間のオーバーラップがある)、ここで生じるクエスチョンが「ポルシェを指示する人々が、いかにエレクトリックパワートレーンが優れていたとしても、それを支持するかどうか」。
この答えはすでにタイカンにて示されているとも考えられ、よって多くの投資家は「ポルシェは2025-2027年にかけて大きく販売を失うであろう」と見られているわけですが、ポルシェが現在勝負に出ている「危険な賭け」はいくぶん分が悪いのかもしれません。
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なお、EVが支持されにくい理由についてはいくつかが挙げられ、主なものとしては「運転する楽しさ」。
ただしこのほかにも実用的な側面も無視することはできず、「価格が(ガソリン車に比較して)高価である※ポルシェによればガソリンモデルに比較して2割ほど高価」「その割に売却時の価格が低い」「充電エクスペリエンスが高くない」といった要素に加え、ポルシェにとって重要な指標であるパフォーマンスも関連していて、それは「EVは短い期間で飛躍的に性能が向上し、高い金額を出して購入してもすぐに相対的な性能が低くなってしまう」というもの。
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もちろんEVの開発はお金がかかるプロジェクトではありますが、プラットフォームの統一によってコストを引き下げ、それでもカバーできない分は「値上げ」によって利益を確保するものと考えられ、ポルシェの生産マネージャー、アルブレヒト・ライモルド氏が言う通りに「重要なのは台数ではなく利益」なのだと思われます。
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いずれにせよ、ポルシェは2030 年までに年間出荷の80%以上 EVにするという目標を堅持しており、そこに到達するために次世代カイエンもEVとなるほか、さらに今後数年の間に登場するフラッグシップSUVも「ピュアエレクトリック専用設計」を持つと言われるので、ポルシェが現在の路線を変更しない限り、ポルシェにおける「電動化の波」は避けることができない事実なのかもしれません。
そしてこの動きが「正しかったのかどうか」については、さほど長い時を待たずとも、ここからの2-3年でその答えが出るものと考えています。
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参照:Automobilwoche